はじめに

 陸錦標(陆锦标、1953年~)は香港生まれの科学者で、王貽芳らと共に大亜湾ニュートリノ研究で成果を挙げ、ブレークスルー賞や未来科学大賞などを受賞した。

 陸錦標は米国人であるが、出生地が香港で大学も香港大学出身であり、また研究成果を出した実験場所の1つが中国広東省であるので、中国国籍の他の優れた科学者と同様に扱うこととする。

陸錦標の写真
陸錦標 百度HPより引用

生い立ちと教育

 陸錦標(陆锦标、Kam-Biu Luk)は、1953年に英国の植民地であった香港に生まれた。国籍は現在米国である。

 生家はそれほど豊かな家庭ではなかったが、奨学金と学生ローンの助けを借り、1976年に香港大学を卒業して学士の学位を取得した。陸錦標は、翌1977年に米国に渡り、東部ニュージャージー州にあるラトガース大学物理学科に入学し、1983年にPh.D.を取得した。

 陸錦標は、1983年から1986年までプリンストン大学でポスドク研究を、1986年から1989年までイリノイ州にあるフェルミ国立加速器研究所で副研究員を務め、1989年に米国西海岸のカリフォルニア州に移ってローレンス・バークレー国立研究所研究員兼カリフォルニア大学バークレー校助教授(Assistant Professor)となった。さらに1991年にカリフォルニア大学バークレー校准教授(Associate Professor)となり、1995年に同校の正教授に昇進した。

米国チームを率いて大亜湾のニュートリノ研究に参加

 陸錦標は、素粒子物理学でニュートリノ振動に関心を持って実験を行った。

 1998年に日本のスーパーカミオカンデが大気ニュートリノの観測から、カナダのサドベリー・ニュートリノ天文台が太陽ニュートリノの観測から、それぞれニュートリノ振動を実証していた。これをきっかけとして、多くの国でニュートリノ振動を観測する実験が計画された。

 中国では、CERNやスタンフォード大学で素粒子物理学を研究していた王貽芳(王贻芳、Yifang Wang)が、2001年に北京の高エネルギー物理研究所に帰り、新たなニュートリノ振動実験装置建設プロジェクトを構想した。王貽芳は、広東省深圳市に位置し、フランスのアレバ社製の原子炉2基からなる大亜湾原子力発電所に着目し、ここでニュートリノ振動実験を観測する計画を推し進めた。この実験は、「大亜湾原子炉ニュートリノ実験(大亚湾反应堆中微子实验、Daya Bay Reactor Neutrino Experiment)」と命名された。

大亜湾ニュートリノ実験装置の写真
大亜湾ニュートリノ実験装置 中国科学院HPより引用

 王貽芳が中国に帰国する前、日本のカミオカンデに訪問学者として参加しており、陸錦標も同じくカミオカンデにバークレーから派遣されていた。王貽芳は、大亜湾のニュートリノ振動実験に米国にも参加して貰いたいと考え、陸錦標を誘った。
 陸錦標は、当初大亜湾の原子力発電所など全く知らなかったが、大亜湾が故郷の香港に近いこともあって、知人の中国人に情報を求めた。その上で陸錦標は、日本やカナダの先行実験と比して、原子力発電所を利用する実験が新たなニュートリノ振動観察に極めて有利であるとの結論に達した。
 陸錦標は、当時同様の計画を持っていた米国の素粒子物理学の関係者やエネルギー省の幹部などを説得し、王貽芳率いる中国・高エネルギー物理研究所のチームなどとの共同研究に米国チームを率いて参加することとした。

 2007年に大亜湾原子炉ニュートリノ実験のための装置の建設が開始され、2012年初めに運用を開始した。
 運用開始直後の同年3月、中国や米国を含む国際研究チームはこの実験装置を用いて新しいニュートリノ振動モードを発見した。これはニュートリノ研究分野における画期的な成果であり、国際的にも大きな反響を呼んだ。

国際賞を受賞

 大亜湾での実験成果は高く評価され、陸錦標は王貽芳とともに国際賞などを受賞していく。

 陸錦標は2014年に、王貽芳と共に、米国物理学会が授与するパノフスキー賞を受賞した。受賞理由は、「ニュートリノ混合行列のシータ13角度の最初の決定的な測定結果をもたらした大亜湾実験のリーダーシップに対して」であった。

 陸錦標は2016年に、王貽芳や大亜湾原子炉ニュートリノ実験チームと共に、基礎物理学ブレークスルー賞を受賞した。
 ブレイクスルー賞は、フェイスブック創業者のマーク・ザッカーバーグ夫妻らがスポンサーとなって設立された賞であり、日本人では2013年に山中伸弥京都大学教授、2017年に大隅良典東京工業大学特任教授が、それぞれノーベル賞受賞前に生命科学分野でこの賞を受賞している。中国系では盧煜明(2021年)バージニア・リー(2020年)シャオウェイ・チュアン(2019年)ジージャン・チェン(2019年)が生命科学分野を受賞している。

 さらに陸錦標は、2019年に王貽芳と共に、未来科学大賞を受賞した。
 未来科学大賞は、香港を拠点とする未来科学賞財団が中国における優れた業績を表彰することを目的として2016年に創設した賞であり、生命科学、物質科学、数学・計算機科学の3分野である。

陸錦標とその家族の写真
陸錦標と家族~未来科学大賞受賞式にて 澎湃新闻HPより引用

中国の教育に貢献

 陸錦標は、中国の学生たちの教育にも関与しており、2007年には北京の清華大学の客員教授に就任したのを皮切りに、故郷香港の香港大学や香港科技大学の客員教授などを務めている。

 さらに陸錦標は、余り学生に人気の無い実験物理学に関心を持ち研究を深めて貰おうと、基礎物理学ブレークスルー賞の賞金の一部を割いて、自らの母校である香港大学に「陸錦標実験物理学賞」を設置している。 

参考資料

・UC Berkeley Physics HP Kam-Biu Luk https://physics.berkeley.edu/people/faculty/kam-bui-luk
・澎湃新闻HP 专访陆锦标:当年没人看好大亚湾实验,但我们打败了所有对手 https://www.thepaper.cn/newsDetail_forward_5030417
・网易HP 态℃ |未来科学大奖得主陆锦标:在正确的时间站在正确的地方 https://www.163.com/tech/article/ER1NU9VK000999D8.html
・香港大学HP 香港大學傑出客座教授席陸錦標教授榮獲 有「中國諾貝爾獎」之稱的未來科學大獎
https://www.hku.hk/press/press-releases/detail/c_19905.html