はじめに

 馬大為(马大为、1963年~)上海有機化学研究所研究員は、生理活性を持つ複雑な天然物の全合成で成果を挙げ、2018年に未来科学大賞物質科学賞を受賞している。

馬大為の写真
馬大為  百度HPより引用

生い立ちと基礎教育

 馬大為(马大为、Dawei Ma)は、1963年に河南省で生まれた。父は学校の先生であった。

 馬大為は小さな頃から知識欲が旺盛であり、彼が1歳半の頃に父が唐詩や宋詞を読んで聞かせたところ強い関心を示したので、以降いろいろなものを読んで聞かせ、また文字を少しずつ覚えさせて読書させた。

 馬大為が3歳になった頃に文化大革命が始まった。小学校に入る時期になっても、学校で満足に勉強できる状況になかった。このため、両親は発達しつつあった馬大為の知識欲を維持すべく、知識的な環境を整備するのに苦労した。

 馬大為が13歳となった1976年に、文化大革命が漸く終了し、中国の教育システムが回復に向かった。馬大為は翌1977年に、地元の高校に入学し、勉学に励むようになった。

 彼は、いつも教室の最後列の端の席に座っていたが、その理由は最後列が教室の中では比較的静かなことで休憩時間も読書が出来ることや、窓越しに食堂の状況が見え食堂がすいているときに食事を短く済ますことが出来るからであった。

山東大学で化学を専攻

 馬大為は1980年に高考を受験して、山東大学の数学科を目指した。高校時代には数学が得意で、尊敬する人物は華羅庚(1910年~1985年)や陳景潤(1933年~1996年)であった。

 ところが、受験の数学で少し失敗をし、山東大学では数学科ではなく化学科に入学が認められた。馬大為はこのことが残念であり、入学してから暫くは数学科への転科を真剣に考えた。

 しかし、化学科で学ぶうちに化学、とりわけ有機化学の面白さに惹かれるようになり、結局、化学科で大学生活を終えることになった。このことから彼は、人生は常に順風満帆ではなく様々なことが起こるが、その状況に対応したゆまぬ努力を続けることが大事だと学んだ。

ポスドク取得後、米国に渡る

 馬大為は1984年に山東大学を卒業し、中国科学院の上海有機化学研究所の研究生となった。同研究所で大学院生活を続け、1989年に同研究所から博士の学位を取得した。

 翌1990年に馬大為は、米国に渡りポスドク研究を行った。最初はペンシルバニア州にあるピッツバーグ大学で、後にミネソタ州にあるメイヨー・クリニックで、研究を続けた。

百人計画で帰国

 馬大為は、1994年に百人計の一回生として中国に帰国することになった。

 百人計画は、中国科学院により1994年から開始された、外国に就労していた科学技術人材の帰国奨励政策である。当時文革の後遺症により、中国科学院内には一流の研究リーダーや国際知名度のある若手研究者などがほとんどいなかった。一方、改革開放後に海外に出ていた中国の留学生や研究者たちは、現地で学位を取得し、研究業績を積んでいた。このような背景を受けて、海外のハイレベル若手研究者を呼び戻し世代交代を目指したのが百人計画である。
 海外の多くの中国人研究者は、国の発展のため奉仕したいという真摯な気持ちから、この百人計画を歓迎した。馬大為もその一人であった。

 馬大為は帰国し、大学院時代に籍を置いた上海有機化学研究所で、研究を開始した。

有機化学の成果で未来科学大賞を受賞

 馬大為は主に、重要な生理活性を持つ複雑な天然物の全合成、有機合成法、ケミカルバイオロジーなどを研究してきた。

 馬大為は1998 年、有機化学における化学反応であるウルマン反応の効率を、向上させることができるアミノ酸分子の一種を発見した。
 さらにその後、この触媒系による一連の反応を研究し、より触媒効率の高いオキサリルジアミド分子を発見した。これにより、より広範囲の反応を触媒することができ、生物活性分子や材料分子の調製、さらには新薬の開発に使用される可能性が拡大した。このウルマン反応を促進させる改良型リガンドは、現在、新薬の研究開発や新材料の創出に広く使用されている。

 この業績が高く評価され、馬大為は2018年に未来科学大賞物質科学賞を受賞した。
 受賞理由として、「合理的な分子設計と革新的なアイデアに基づいて独自の触媒であるアミノ酸銅錯体を開発し、炭素-窒素結合の効率的な構築を実現し、アニリンフラグメントを含む薬剤や​​材料を合成するための簡単で実用的な方法を提供した」としている。
 未来科学大賞は、香港を拠点とする未来科学賞財団が中国における優れた業績を表彰することを目的として2016年に創設した賞であり、生命科学、物質科学、数学・計算機科学の3分野がある。

馬大為が未来科学大賞を受賞した写真
馬大為・未来科学大賞授賞式  百度HPより引用

中国の科学研究のあり方に注文

 中国の場合、通常、未来科学大賞など著名な賞を受賞するのは、大きな大学の学長や研究所の所長などであり、そうでなければ中国科学院の院士であることが多い。
 しかし馬大為の場合、上海の有名大学・復旦大学で非常勤の教授ではあったが、それ以外の肩書きはなく、単に有機化学研究所の一研究員であった。未来科学大賞受賞の翌年である2019年に、漸く中国科学院院士に当選している。

 こういった経歴が影響しているのであろう、馬大為は、現在の中国の科学研究の現状に警鐘を鳴らしている。
 中国の若手研究者には、処遇や昇進に関して強いプレッシャーがかかっており、短期間で成果の出る研究を追い求める傾向がある。また、出来るだけ多くの論文を発表して名声を得ようとしているという。
 しかし馬大為は、成果が出るのに10年もかかるような研究こそが本物の研究であり、また国際的に認められる研究であると考えている。そして、この様なじっくりした研究こそが、影響力がありイノベーションにつながる研究であるとしている。

母校の学生に奨学金

 馬大為は、2018年に未来科学大賞を受賞した際の賞金300万元を元にして、優秀な学業成績を収めた生徒の育成に当てるため、故郷河南省の母校に「未来奨学金」を創立した。
 故郷の高校に奨学金制度を設置した理由について、馬大為は「中国の将来の発展は、一部の大都市だけでなく比較的後進的な地域も貢献すべきであり、故郷にいて努力している生徒を励まし刺激を与えたいと考えた」と述べている。
 そして故郷の高校生に対し、「貧困は、人の成長にとって重荷ではなく、忍耐強く善良な人格を形成するための訓練であり、助けである」とし、「一流大学に入学することだけが重要ではなく、しっかりとした目標を持って、それに向かって突き進んでいけるかどうかが大切であるが、同時に、何かあったときに他人のせいにしない広い心を持つことが重要である」と激励している。

参考資料

・中国科学院上海有機化学研究所HP 马大为有机化学家 https://sioc.cas.cn/sourcedb/cn/team/ys/200906/t20090621_6770733.html
・中国科学院HP 马大为 https://casad.cas.cn/ysxx2022/ysmd/hxb/201911/t20191121_4724660.html
・上海市欧美同学会HP 马大为:不仅要有所为,还要有所大为 https://www.china-sorsa.org/n195/n203/n214/n222/u1ai14716.html
・未来科学大賞HP 2018 物质科学奖 获奖人 马大为 Dawei MA https://www.futureprize.org/cn/laureates/detail/13.html
・知乎HP 马大为院士的感慨:学术课题一哄而上、学术成果一地鸡毛https://zhuanlan.zhihu.com/p/660825162