科学技術の米中関係について、日本国際貿易促進協会が旬刊誌として発行している「国際貿易」の2023年8月5日号に投稿した記事を、一部修正の上で紹介する。

留美幼童政策

 科学技術における米中関係は、第二次大戦後の一時期を除いて蜜月関係が続いてきた。

 アヘン戦争や太平天国の乱などで混乱・疲弊した清朝は、西欧近代文明を導入して国力増強を目指す洋務運動を進め、その一環として1872年から米国への留学生政策を実施した。これは留美幼童政策と呼ばれ、上海、福建、広東など中国の沿岸地域の少年(幼童)を毎年30名選抜し、米国(中国語の美国)に留学させて、軍事技術などを習得させるという政策であった。

留美幼童で留学した少年達
留美幼童で留学した少年達 百度HPより引用

 4年間に120人の少年が出発したが、留学生の中からキリスト教徒となるものが出たり、米国の軍関係の学校が留学生の受け入れを拒否したことなどから、結局中断された。

交歓留学生制度と清華学堂

 1900年の義和団事件で、清朝は西欧列強や日本の連合軍に敗北し、当時の国家予算の数倍にあたる賠償金の支払いを約束させられた。

 この賠償金の支払いが清朝政府や人民を苦しめることになり、米国は条件付きで賠償金の一部を返還することとした。その条件が返還金を中国人学生の米国への留学費用に充てることであり、1909年に「庚款(こうかん)留学生」制度がスタートした。
 中華民国時代の多くの知識人が、この制度を利用して米国に留学している。

 また1911年に米国留学準備のため、「清華学堂」が設置された。これが現在の清華大学の起源となっている。

清華学堂
清華学堂

戦後、東側陣営へ

 第二次大戦後に建国された中華人民共和国は、ソ連との関係を強化し朝鮮戦争で義勇軍を派遣して米軍を主体とする国連軍と戦うなど、米国と争う姿勢を鮮明にした。

 このため科学技術に関する交流も、ソ連やその衛星国である東欧諸国との関係が中心となり、米国との交流は停止状態になった。ソ連との科学技術協力関係は、フルシチョフのスターリン批判を契機とした中ソ関係の険悪化により大幅に減少したが、米国との関係はベトナム戦争への中国の支援などにより冷え込んだままであった。

ニクソン訪中で交流が復活

 1972年にニクソン米国大統領が訪中し、さらに1976年に毛沢東が死去し四人組が逮捕されて鄧小平が復権すると、米国や日本などの西側諸国との交流が再開された。

 米国は、中国を援助・支援することにより近代化を促進する「関与政策」に舵を切った。

 科学技術面でも数百もの共同調査プロジェクトや協力計画を開始し、有為な青年を留学生として積極的に受け入れた。当初は3,000人程度の規模であったが、80年代末までには5倍の1万5,000人程度に拡大している。これらの学生の8割近くが、科学技術関係での留学であった。

 こういった米国などとの協力や、改革開放以来の弛まぬ中国の努力により、中国の科学技術は向上し、一部の先端分野で先進国と並ぶ段階になった。

 しかし、今世紀に入り中国が驚異的な経済発展を受けて、その経済的な成果が軍事を含む科学技術開発に注入され始めると、安全保障の根幹を支える米国の技術覇権が揺らぐとの懸念が米国内で高まった。米国における研究の開放性や経済のグローバリズムを逆手に取った中国の活動が、技術流出や技術盗取につながっているとの危惧が台頭してきた。

関与政策の見直しとデカップリング

 米国トランプ政府は2018年に、中国が軍事強国化、経済的覇権の樹立を志向しているとして関与政策を見直した。

 現在のバイデン政権でも、軍事、経済、情報通信、科学技術などで、「追いつきつつある挑戦者」である中国がさらに近づき追い越すことを阻止するという立場を堅持している。

 今後の焦点は米国と中国のデカップリングがどの様に進むかである。現在の中国経済は米国だけでなく世界中の国々とグローバルにリンクしており、また中国市場の巨大さを考えると協力関係を完全に捨て去ることは困難である。

 科学技術の面でも、米国内で活躍する中国系の研究者・技術者の優秀さなどを考えると、完全なデカップリングが妥当かどうかの判断は容易ではない。日本としても、両大国の動きを十分に注視していく必要がある。

参考資料

・The White House “Remarks by Vice President Pence on the Administration’s Policy Toward China” 2018年10月 https://trumpwhitehouse.archives.gov/briefings-statements/remarks-vice-president-pence-administrations-policy-toward-china/

公益財団法人 ライフサイエンス振興財団 理事長
林  幸秀