はじめに
チェンヤン・シュー(Chenyang Xu、许晨阳、許晨陽、1981年~)プリンストン大学教授は、代数幾何学分野、とりわけ双有理幾何学やファノ多様体のK安定性に関する研究などで知られる中国系の数学者である。
生い立ちと教育
チェンヤン・シュー(Chenyang Xu、许晨阳、許晨陽)は、1981年に大陸西部の重慶市に生まれた。幼い頃から数学に興味を持ち、4歳の頃には加減乗除の計算を習得した。重慶に近接する四川省成都市の中学に入ってからも数学の成績は優秀で、高校生の時代には選ばれて四川省の数学オリンピック候補のチームに入った。シューらの四川省チームは、中国全土から集まる訓練キャンプに参加し、そこで行われたコンテストで見事に優勝している。
北京大学からプリンストン大学へ
チェンヤン・シューは1999年に、北京大学の数学科に入学し、2001年に学士号を、2004年に修士号を取得した。その後、米国のプリンストン大学数学科に留学し、2008年に同大学から博士号を取得した。
母校の北京大学の教授に
博士号を取得したチェンヤン・シューは、マサチューセッツ工科大学に移り、ポスドクおよび講師として研究を行った。2011年には、西部のユタ大学で助教授(Assistant Professor)の職を得た。
シューは2012年に、母校北京大学の北京国際数学研究センターに採用されて中国に戻り、翌2013年に教授に就任した。2014年には、中国の若手研究者を支援する「国家傑出生年科学基金」および「長江学者」の両方に選抜された。
国際賞などを受賞
教授となったチェンヤン・シューは、優れた業績を挙げて、国際賞などを受賞していく。
シューは2016年に、ラマヌジャン賞を受賞する。
ラマヌジャン賞は、数学の分野において傑出した研究を行った主要先進国家以外(インド、ブラジル、中国、アフリカ諸国など)の45歳未満の研究者に贈られる賞である。19世紀のインドの伝説的な数学者であるシュリニヴァーサ・ラマヌジャンに由来し、主要先進国家以外の若手数学研究者にスポットを当てる意味合いで創設された。
シューの受賞理由は、「対数正準対とファノ多様体の両方に関する研究、および特異点とその双対複素体のトポロジーに関する研究を含む、代数幾何学、特に双有理幾何学の分野における 優れた業績」であった。
シューは翌2017年に、「未来科学大賞」の数学・計算機科学賞を受賞した。未来科学大賞は、香港に拠点を持つ民間財団が、中国本土、香港、台湾などで活躍する科学者を表彰するものであり、2016年に設置された。
中国系の優れた研究者の場合、米国などで活躍する例が多いが、この賞は研究の現場を中国にこだわった賞となっている。
シューの受賞理由は、「代数幾何学、特に双有理幾何学の分野、特異点とその双対複素体のトポロジーの分野での功績」であった。
再び米国へ戻る
未来科学大賞を受賞し、中国本土での活躍が期待されたチェンヤン・シューであったが、2018年に大きな決断をする。北京大学を去り、米国に再び向かってMITの教授となったのである。
中国を去るにあたり、シューは次の三つのことを理由として述べている。
一つ目は、研究不正の横行である。中国の学術界では論文の偽造問題が深刻である。中国では昇進が論文などに依拠するが、その論文はお金を使うことにより解決できる。
二つ目は、科学研究の文化の堕落である。中国の研究者の間では、論文が字数で評価されることを前提に、短期的な利益を追求する行為が至る所で行われている。
三つ目は、年功序列の弊害である。中国の研究者が国の研究費を獲得しようとした場合、研究内容ではなく、年功序列が大きな意味を持つことを思い知らされる。
当然のことながら、中国国内ではシューの行動には大きな批判もあった。一方で、シューの考えはもっともであり、中国の科学技術の文化を変えていく必要があるとの支持意見もあった。
より高いステップへ
チェンヤン・シューは、その後2020年には博士号を取得した母校であるプリンストン大学に移り教授となっている。
シューは研究成果もさらに挙げており、2019年にはブレークスルー賞New Horizons in Mathematics Prizeを受賞した。ブレークスルー賞は、フェイスブック創業者のマーク・ザッカーバーグ夫妻らがスポンサーとなって設立された賞であり、生命科学、基礎物理学、数学の三分野からなっている。中国系では、生命科学ブレークスルー賞を、2020年にバージニア・リー、2021年に盧煜明らが受賞している。シューが受賞したNew Horizons in Mathematics Prizeは、この賞の若手版である。
そしてシューは2021年に、コール賞代数部門を受賞している。コール賞には代数部門と数論部門があり、過去6年間に北米の数学誌に掲載された最も優れた論文の著者に対して、米国数学会から贈られる賞である。中国系では、2014年に張益唐が同賞の数論部門の受賞者となっている。
受賞理由は、「K安定性ファノ多様体のモジュラスの代数理論を開発し、K安定性を使用した最小モデル・プログラムの特異点に対する新しいアプローチの提案」であった。
個人的な生活
数学を離れたチェンヤン・シューは、音楽や映画鑑賞に浸っている。これらは、彼に心を落ち着かせる効果をもたらすという。彼は研究室にステレオを設置し、仕事をしながらバッハ、ベートーベン、ショパンなどを聴く。若い頃はロック音楽が好きだったが、徐々にクラシック音楽に傾倒していった。映画鑑賞も好きで、年間50本ほど映画を観ている。彼は、「数学にしろ、音楽にしろ、映画にしろ、結局は人間の精神の自由を追求することだ」と言っている。
参考資料
・プリンストン大学HP https://www.math.princeton.edu/people/chenyang-xu
・北大数学天才许晨阳:弃美回国6年却再次赴美,最后道出3个原因 https://baijiahao.baidu.com/s?id=1768804262852661632&wfr=spider&for=pc
・ICTPのHP 「Ramanujan Prize Winner 2016 Chenyang Xu」https://www.ictp.it/home/ramanujan-prize-winner-2016
・未来科学大賞HP 「2017 The Mathematics and Computer Science Prize Laureate Chenyang XU」 http://www.futureprize.org/en/laureates/detail/26.html
・AMSのブログ 「Break on Through」https://blogs.ams.org/beyondreviews/2018/10/18/break-on-through/
・AMSのHP 「2021 Cole Prize in Algebra to Chenyang Xu」https://www.ams.org/tools/news?news_id=6454
・北京大学校友网HP 许晨阳:从北大开始的数学人生 http://www.pku.org.cn/people/yyxr/1294439.htm