科学技術と軍事技術について、日本国際貿易促進協会が旬刊誌として発行している「国際貿易」の2023年3月15日号に投稿した記事を、一部修正の上で紹介する。

中国の科学技術と軍事技術の関係に警戒感

 近年日本では、中国の科学技術の発展を安全保障上の危機として捉えるマスコミの論調が横行している。科学技術が軍事のために実施されており、警戒すべきであるとの論点である。

歴史的に密接な関係

 しかし、歴史をひもとくと、科学技術と軍事技術の密接な関係は、遥か古代から現在まで極めて一般的なものである。例えば、近代科学の父と呼ばれるガリレオ・ガリレイは、大砲の内径と砲弾の種類から火薬量を決定する「幾何学軍事コンパス」を発明し、これによりトスカーナ大公の支援を得て天文学などの業績を挙げた。また、画家で建築家だったレオナルド・ダビンチも、自らを「戦争技術の達人」と称していた。

中国の考え方

 中国では、科学技術を軍事技術に活用することは極めて重要と考えられており、その理由として3つのことが挙げられる。

 一つ目は、中華人民共和国建国までの約100年間に中国人民が被った恐るべき厄災である。英国による非人道的なアヘン戦争は、清朝が香港を割譲することなどで決着した。それ以降、英国に加えてフランス、ロシアなどの欧州列強の帝国主義的な侵略が拡大し、さらに明治維新の成功により国力を増大させた日本がそれに続いた。日中戦争などによる日本軍の中国大陸への侵略は、現在のロシアによるウクライナ侵略を想起させるものであり、日本人として大変胸が痛む。これらの厄災は、中国の軍事力が近代的な科学技術に裏打ちされた欧州列強や日本の軍事力に遠く及ばなかったことが原因と中国の人達は考え、科学技術を発展させ軍事力を抜本的に強化しようとした。

 二つ目は、「四つの近代化」である。建国直前に当時の知識人が「工業、農業と国防の建設に役立つ自然科学の発展に努める」と提唱し、その後、新政府の総理となった周恩来が何度かこの四つの近代化を提唱したが、大躍進政策や文化大革命などの混乱により実施できなかった。文化大革命後に鄧小平は、この四つの近代化を政策として実現し、中国を経済強国、軍事強国に発展させていった。この四つの近代化は、1982年改正の憲法に明記されている。

 三つ目は、両弾一星政策の実施とその成功である。朝鮮戦争でマッカーサーが中国への核兵器攻撃を主張したことを毛沢東らは厳しく受け止め、第二次世界大戦の戦勝国としての立場を確保することをも念頭に、核兵器開発などを決断することになった。この政策は、「両弾一星」政策と呼ばれ、「両弾」は核兵器(原爆・水爆)とミサイル、「一星」は人工衛星を指す。両弾一星政策は、1964年のミサイル発射と核実験、1970年の人工衛星打ち上げの成功により終了したが、これらの成果はその後の中国の原子力や宇宙開発に大きな足跡を残している。

米国の考え方

 現在、世界一の軍事力と科学技術力を有する米国でも、軍事力の強化は科学技術の重要な目的の一つである。また、元々軍事目的で行った研究開発の成果が、社会全体を大きく変えてきた。現在、人工衛星を用いた測位システムは、自動車などのカーナビやスマホによる道案内などに欠かせないが、元々は米国の海軍と空軍が先鞭を付け、その後GPSに発展した。また、パソコンやスマホにより社会に必須不可欠なものとなったインターネットも、米軍の研究開発から産まれたものである。
 現在米国でも、中国の軍事大国化への懸念が語られ、中国による科学技術の軍事利用が標的となることが多い。その際、米国が留学生の受け入れや国際的な研究交流などの制限に動いていることが強調される。しかし米国は、自ら開発した科学技術の成果が不当に盗取されることを恐れているのであって、科学技術の成果が軍事利用につながることを懸念しているのではない。

日本の考え方の特殊性

 第二次世界大戦の敗戦前の日本では、現在の中国や米国と同様であったが、戦争での惨禍や広島や長崎への原爆投下などを受けて、軍事研究につながる科学技術の開発を厳しく糾弾してきている。最近でも、科学者の国会と呼ばれる日本学術会議が、「軍事目的のための科学研究を行わない」とする声明を公表している。しかし、この様な考えは世界共通の普遍的な考えではないことに留意すべきである。

ライフサイエンス振興財団理事長・国際科学技術アナリスト
林 幸秀