本記事は、一般財団法人日中経済協会が発行する「日中経協ジャーナル」の2021年11月号に掲載された「中国の科学技術の現状と課題」という記事を、一部修正して掲載するものである。

1.発展と拡大が加速する中国の科学技術

 中国において科学技術の本格的な歩みが始まったのは文化大革命終了後であるが、その当時は経済的に貧しく研究費も微々たるもので、施設や装置は貧弱であった。20世紀末においても、中国の科学技術レベルは欧米や日本と相当の距離があった。中国の科学技術情勢が大きく好転するのは、21世紀になってからである。

 中国は、2010年に日本のGDPを追い抜いて世界第2位となったが、経済の発展を受けて科学技術も著しく進展し、2015年頃には科学論文の産出総数で欧州主要国や日本を追い抜いた。2022年8月に文部科学省科学技術・学術政策研究所が公表した「科学技術指標2022」によれば、科学論文総数の国別シェアは表1の通りであり、中国は米国を抜き去り世界第1位の地位にある。

表1  科学論文数の世界シェア(2018年~2020年)

国名中国米国ドイツインド日本
順位12345
論文数407,182293,43469,76669,06767,688
(出典)科学技術・学術政策研究所「科学研究のベンチマーキング2021」

 特許においても、現在中国は世界の先頭を立っている。表2は、特許出願数を出願者の国籍別に合計したものである。2000年代には日米がトップ争いをしていたが、現在は中国が1位で米国や日本の2倍から3倍に達している。

表2  特許出願数の世界ランキング(2018年)

国名中国米国日本韓国ドイツ
順位12345
特許数(万件)146.051.546.023.218.0
(出典)WIPO statistics database. Oct 2020

2.豊富な資金と圧倒的な人材

 どうして中国はこのように急激な科学技術の発展を遂げたのであろうか。

 まず挙げなくてはならないのは、豊富な研究開発資金である。表3は、2010年と2017年の主要国の研究開発費の絶対値(IMFレートによる円換算)と増加倍率を示したものである。2010年ではドイツと同程度、米国の4分の1、日本の2分の1程度であった中国の研究開発費であるが、直近の2017年では約3倍となって世界第2位となり、米国の半分近くとなっている。

表3 各国研究開発費とその増加倍率
(2010年~2017年、単位:兆円、IMFレートにより円換算)

国名米国中国日本ドイツ英国
研究開発費(2010年)36.09.1617.18.143.58
研究開発費(2018年)60.849.019.112.64.92
増加倍率1.693.181.121.551.37
(出典)文部科学省「科学技術要覧 令和2年版」

 研究開発費の増大に伴い、中国のトップレベル研究室には、欧米や日本の研究室以上の実験機器、分析機器などがずらりと並んでいる。欧米や日本と比べ過去のしがらみがなく、思い切って世界最先端のものが導入できる。また自前の技術や製品へのこだわりがなく、国際的に最新鋭の機器導入を躊躇しない。さらに、巨額の費用が必要な大型加速器や天文台などの施設も次々と建設され、中国の科学技術レベルのかさ上げにつながっている。

 もう一つの中国の科学技術上の強みは、科学技術人材にある。経済発展前の2000年以前は人材を雇う資金が乏しかったため、研究者のポストが圧倒的に少なかった。また、文化大革命の後遺症から経験がある研究者が極めて少なかった。2000年代に入り急激に中国の研究者数が増大を始める。2000年で70万人前後と日本と同等であった中国の研究者数は、表4に示したように2010年には米国を抜いて世界一位となり、2018年現在では約187万人を数え、米国の約143万人(2017年)、日本の約88万人を遥かに凌駕している。欧州諸国と比較しても、EU28カ国全体の研究者数である約210万人に近い数字である。

表4 各国研究者数(2010年および2018年、単位:万人)

国・地域名中国EU全体米国日本
研究者数(2010年)121.0140.7120.084.0
研究者数(2018年)186.6209.7143.488.1
(出典)文部科学省「科学技術要覧 令和2年版」
☆: 米国のみが2017年の数字である。

 研究者の質も大幅に強化されている。文革後中国政府は、優秀な人材を米国や日本などに大量に派遣し、経済発展が開始された前世紀末頃から百人計画などと呼ばれる人材呼び戻し政策により、優れた成果を挙げた研究者に帰国を促した。これは海亀政策と呼ばれ、遅れていた中国の科学技術レベルを一気に世界レベルにまで持って行くことに多大な貢献があった。現在でもこの人材循環システムは有効に機能しており、トップレベルの学生は北京大学や清華大学などに入学し、必死で勉学に励む。卒業した後、優秀な成績を修めた学生は米国などの有名大学に留学する。優秀な学生が米国などを目指すのは、中国国内の有力大学教授や中国科学院の研究責任者になろうとすると、海外での留学や研究経験が不可欠であるためである。

3.宇宙開発での大きな進展

 近年の中国の科学技術進展を代表する具体的な分野として、宇宙開発を取り上げたい。

 中国の宇宙開発は、米ソより遥かに遅くスタートし、軍事用のミサイル開発や偵察衛星などの開発を中心に進められた。例えば人工衛星を打ち上げた時期で比較すると、中国は米ソだけでなく、フランスや日本より遅れている。文化大革命が終了し経済発展が開始されると、中国の宇宙開発は軍民両方で活発化し、2003年には中国初の宇宙飛行士楊利偉を乗せた宇宙船「神舟5号」の打ち上げに成功して、欧州や日本を飛び越して世界で3番目の有人宇宙技術を所有する国となった。

 その後の中国の宇宙開発活動は極めて活発である。例えば中国は、米国のGPSやロシアのグロナスと同様に、地球全体をカバーする航行測位システム「北斗」を2020年に構築している。この北斗システムは、合計35機の衛星群より構成され、世界中にサービスを提供している。中国は、北斗の海外展開に強い意欲を持っており、国内で販売される測位機器に対して、北斗から発せられる信号の受信機能を装備することを義務付けている。このため、北斗の恩恵を受けやすい東南アジア諸国を中心に、GPSなどと並んで世界的に利用されると想定される。

 有人宇宙飛行でも、活発な活動が続いている。「神舟5号」の成功の後、中国は2022年の「神舟15号」まで、合計10回の宇宙船「神舟」の打ち上げを行った。はじめのうちは、宇宙飛行士の搭乗人数を増やしたり、宇宙遊泳を実施したりしたが、後半は、中国独自の宇宙ステーション「天宮」の建設を念頭に置いた打ち上げが中心であった。
 昨年末の神舟15号により、天宮が無事に完成した。天宮のコアとなるモジュールが「天和」であり、それに2つの実験モジュールが追加されている。今後、天宮の運用とこれを用いた研究が中心となる。

 従来遅れていた宇宙科学の分野も活発な活動が維持されている。最近では、2000年に開始された月探査計画「嫦娥計画」が、かなり画期的な成果を生み出しつつある。嫦娥計画は、大きく探査計画、着陸計画、滞在計画の3段階に分かれており、現在第一段階の月軌道の周回、探査機の着陸、月のサンプルリターンが、ほぼ終了している。この中では、2018年末に打ち上げられた「嫦娥4号」による月の裏側への軟着陸が米国も実施していない探査であった。
 今後中国は、宇宙飛行士を月面に送り各種実験を行うことを計画しており、その成果を踏まえて、月面に基地を建設し、宇宙飛行士を長期間滞在させることも想定している。月に人間を着陸させた国は、アポロ計画による米国しかなく、成功すれば世界で2番目の国となる。しかし、そのためには例えばより巨大な打ち上げロケットの開発等、クリアすべき課題が多い。

 また、月探査以外の科学探査も活発であり、2015年には高エネルギーのガンマ線、電子線、宇宙線などを測定し、ダークマターを探査する「悟空」を世界に先駆けて打ち上げ、また、2021年には火星に探査機を着陸させることに成功している。

4.高等教育を巡る状況

 中国の大学の国際的な評価も急激に上昇している。定番となっている英国の国際大学ランキングで、中国と日本を代表する大学がどの程度の順位にあるかを見たい。中国の大学として北京大学と清華大学を、日本の大学として東京大学と京都大学を、それぞれ取り上げたのが次表である。数年前までは、北京、清華両大学とも東京大学よりは下位にいたが、現在は逆転し、差も広がりつつある。

 中国の大学の国際的評価の上昇は、産出論文数の増大、東南アジア諸国などからの留学生の受け入れによる国際化の進展、中国国内でのトップ大学の重点化などに起因すると思われる。

表5 国際大学ランキングによる日中大学比較

大学名北京大学清華大学東京大学京都大学
QS 2023年版12位14位23位36位
THE 2023年版17位16位39位68位
(出典)QS:英国のQuacquarelli Symonds社によるランキング、
THE:英国のTimes Higher Education によるランキング

5.オリジナリティやイノベーションでの課題

 では、中国の科学技術の進展は盤石であろうか。日本の関係者の意見を総括すると、日本とは拮抗しているが、世界トップにある米国や欧州先進国と比較した場合未だ距離があると思われる。

 その原因として、まず挙げなければならないのは科学研究や先端研究分野でのオリジナリティの不足である。一つ一つの研究でオリジナリティを出していくという点では、まだ欧米などの一流大学や研究機関に及ばない。1のものを10にする研究は盛んとなっているが、オリジナリティが必要なゼロのものを1にする研究が圧倒的に少ない。これはノーベル賞受賞者の少なさの原因でもある。

 イノベーションでも課題がある。中国は遅れて経済発展してきたため、既に欧米や日本で実用化された技術を上手に取り入れ、世界最大の市場をも味方にして、様々な技術の国内での実用化・産業化に成功してきた。その過程で外国企業に技術移転を強要したり、他国のIT企業を閉め出したりした例も見られた。しかし、世界の先頭に並んだ現在では、このような方式は通用しなくなりつつある。中国独自のイノベーションの経験が圧倒的に足りない。さらに、現在の習近平政権のIT関連企業などへの締め付けが、イノベーションにどの様な影響を及ぼすかも注目する必要がある。

6.米中対立の影響

 中国の科学技術進展のもう一つの課題は、米中対立の影響をどの様に凌いでいくかである。中国の驚異的発展を支えている要因としては、すでに述べた国内での研究開発費や研究者数の急激な増大が重要であるが、それに加えて科学技術分野における米国との協力が無視できない。中国は米国との関係を最重要視し、留学生や研究者の派遣、優れた研究者の受け入れ、協力プロジェクトの実施などを通じて、自らの科学技術基盤強化に努めてきた。このことが、中国の科学技術が米国や他の先進国に短期間で追いついた要因の一つであろう。

 しかし、米国にトランプ政権が誕生し米中の貿易問題が顕在化したことによって、米中関係が大きく変化した。科学技術分野では、この関係悪化に油を注ぐような事件が頻発している。2019年、ハーバード大学に留学していた女子学生が米国当局に逮捕され、盗取した生物試料を押収されている。さらに、中国共産党の進める千人計画で招聘されていたハーバード大学教授が、招聘の事実を米国政府へ報告する義務があったにもかかわらずそれを隠し関与を否定したため、2020年1月に起訴された。

 この様な事件を受けて、米国では安全保障の観点を中心に中国の科学技術に関する協力体制を見直す動きが明確となっている。昨今の中国の宇宙分野などの軍事的な拡張や威嚇的な外交姿勢を考えると、米国は安全保障の観点から科学技術面においても、当面中国との協力を控える方向に大きく舵を切らざるを得ないであろう。米国の大統領はトランプからバイデンに交代したが、米中間の経済や安全保障におけるデカップリングは進み、科学技術においても安全保障の観点を中心としたデカップリングが進むと考えられる。

 一方中国側でも、米国に対抗するために米国との協力を徐々に縮小させ、当面内向きの姿勢に転じていくと想定される。中国から米国への留学生数は、コロナの影響もあって、すでに減少していると言われている。米国や日本で目の敵とされた千人計画も、中国人研究者向けの招聘政策に衣替えしつつある。中国政府としては、ハイテクなどの分野で中国は米国や他の主要国にすでに追いついており、留学生に関しても中国の大学は世界的なレベルに達しているとの強烈な自負がある。

 ただ、デカップリングの議論が始まってから分かってきたことは、やはりハイテク分野での米中間の距離は依然として大きいという客観的な事実である。ファーウェイの5Gを巡る米中の抗争では、米国の締め付けにより結局ファーウェイは商業的に大きなダメージを受けている。新型コロナのワクチン開発においても、中国の開発したワクチンは最先端のメッセンジャーRNA使用のものでなく、既存の手法によるものであった。さらに米国は、安全保障上中国の優越を許さないとの強い決意の元、AIや量子分野などの先端研究開発での重点投資を進めることにしている。  

7.日本はどの様に対処すべきか

 では、日本は中国の科学技術に対しどの様に対処すべきか。まず考慮すべきは、米国が主張している安全保障の観点からの中国との協力の抑制である。元々日本では、安全保障の観点から科学技術をどの様に扱うかといった問題意識は希薄であった。米国は日本の安全保障上の同盟国であり、科学技術協力や高等教育の面で、しっかりと中国に対峙していく必要があろう。

 他方、すでに中国は日本を遥かに凌駕し、世界第2位の科学技術大国であることを十分に認識して対応すべきである。中国と日本の科学技術の現状を見ると、研究資金や人材などの物量で日本は中国に到底かなわない状況となっているが、オリジナリティやイノベーションの経験では日本に一日の長がある。現在日本は、財政赤字や人口減少などで、体力が徐々に低下している状況にある。そのような日本にとって、科学技術の国際協力で重要な役割を果たすのは、地理的に近い中国であると考えられる。したがって、米国との安全保障上の懸念を十分に共有しつつも、中国との協力維持の努力をしていくことが重要である。

ライフサイエンス振興財団理事長  林 幸秀