はじめに
王振義(王振义)は、血液学の研究で成果を挙げた医学者で、上海第二医科大学の学長も務め陳竺元衛生部長など多くの人材を育て、国家最高科学技術賞や未来科学大賞などを受賞している。

生い立ちと教育
王振義(王振义、Zhen-yi Wang)は、1924年に上海の裕福な家庭に生まれた。家は、大きな庭がある3階建てだった。父は教育熱心で、王振義を上海市内のフランス租界にあった学校などに通わせた。
王振義が小さい頃、可愛がってくれた祖母が腸チフスで急死した。これをきっかけとして、医学を学ぶことを決意した。
王振義は、1942年に震旦大学附属中学(現在の向明中学)を卒業して、震旦大学医学院に入学した。
震旦大学(Aurora University)は、1903年にフランスのキリスト教団体により上海に設立された。震旦大学は、当初医学院を有していなかったが、下記の広慈医院に臨床医院として協力を仰ぐことを前提に、1912年に医学院を設立した。

広慈医院(广慈医院、St. Marie Hospital)は、1907年に上海市内の瑞金二路にフランス人神父の主導により開設された医院であり、現在は上海交通大学医学院附属瑞金医院となっている。
王振義は、1948年に最優秀の成績で震旦大学を卒業し医学博士学位を取得し、前記の広慈医院の内科医となった。
医師や医学教育者として活躍
新中国建国後の1952年に、中国の大学では大規模な大学や学部の再編政策である「院系調整」が実施された。王振義が卒業した震旦大学医学院は、上海市内にあった聖ヨハネ大学医学院、同徳医学院と合併して上海第二医学院(現在の上海交通大学医学院)となった。その際、王振義が勤務していた広慈医院は上海第二医学院の臨床病院に位置付けられた。
そして、王振義は広慈医院に勤務しつつ、上海第二医学院で教鞭を執ることとなった。この時期から王振義は、一般内科から血液学に専門分野を変えた。
王振義は、朝鮮戦争で北朝鮮を支援するため中国が義勇軍を派遣したのを機に、1953年に派遣医療チームに参加し、肺吸血虫の研究や血友病治療の研究を行った。
1960年に、王振義は上海第二医学院に軸足を移し、病理生理学研究室の副主任となった。これ以降多くの著名な後輩研究者を育成していった。
白血病の研究で世界的な成果を挙げる
文化大革命が始まると、王振義にも様々な圧力がかかったが、「組織の命令に従う良き同士」となって、革命派の命令に従って職場を何度も替え、迫害を免れた。
文革期間の1973年に、王振義は広慈医院が名称を変更した瑞金医院に戻り、血液疾患とりわけ白血病の治療に取り組んだ。
1978年に王振義は、イスラエルの専門家がマウスを用いた実験で白血病細胞を正常な細胞に変えたとの研究結果を医学誌で発見した。王振義はこの研究結果に触発され、数人の大学院生を率いて白血病細胞の誘導分化に関する研究を開始した。基盤がなく、細胞を培養するためのインキュベーターなど実験設備が著しく不足していたこともあり、直ちには新たな発見に至らなかった。
1983年に米国の研究者が「急性前骨髄球性白血病(APL)」と呼ばれるタイプの白血病は、特別の試薬により正常細胞に戻る可能性があると報告した論文を発見した。米国研究者が用いた試薬は中国になく、類似の試薬(オールトランスレチノイン酸)で研究を続け、6か月後に正常な細胞に分化させることに成功した。
1985年、上海の小児病院に急性前骨髄球性白血病(APL)を患った患者が入院したことを聞き、自分たちが開発した試薬を臨床試験することとした。病院での臨床事前審査では、反対意見もあったがそれを押し切り、両親の同意を得て実施したところ、患者の白血病の症状は大幅に改善し、1か月後には完治した。
王振義は、さらに他の患者でも同様の臨床試験を行い、24人の患者を治療し、完全治癒率は90%を超えた。これらの結果を論文にまとめ、血液学で国際的に権威のある学術誌「Blood」に発表した。この論文は、過去 1 世紀における世界の血液学分野における最も影響力のある学術論文の 1 つに選ばれた。
上海第二医科大学校長
王振義は、医学研究者として活動すると共に、医学教育者としても活躍した。
王振義は、文革終了後の1982年に上海第二医学院の基礎医学部主任となり、同医学院が上海第二医科大学となった際に、同大学の学長に就任した。
王振義が育てた医者、医学者は多く、その中には後に国務院衛生部長(日本の厚生大臣)となった陳竺(陈竺)や、その妻で医学者の陳賽娟(陈赛娟)などがいる。

国家最高科学技術賞などを受賞
王振義は、2010年に国家最高科学技術賞を受賞した。国家最高科学技術賞は、2000年に設置された中国最高の科学技術賞であり、日本の文化勲章に近く、国家主席により授与される。王振義は、当時の国家主席であった胡錦濤より受賞している。

王振義は2021年に、未来科学大賞生命科学賞を受賞した。未来科学大賞は、香港を拠点とする未来科学賞財団が中国における優れた業績を表彰することを目的として2016年に創設した賞であり、生命科学、物質科学、数学・計算機科学の3分野がある。
受賞理由は、急性前骨髄球性白血病(APL)の治療に決定的な貢献をしたことであった。
現在100歳であるが、存命である。
参考資料
・上海交通大学医学院HP 王振义・中国工程院院士
https://www.shsmu.edu.cn/info/1026/1014.htm
・未来科学大賞HP 2020 生命科学奖 获奖人 王振义 Zhenyi Wang上海交通大学瑞金医院
https://www.futureprize.org/cn/laureates/detail/39.html
・安慶師範大学HP 微团课·学习英雄模范 | 王振义 https://mp.weixin.qq.com/s?__biz=MzU2MjY0NDg5Ng==&mid=2247555505&idx=1&sn=1a0e3aa28236f9257a3f15b1a7c15faf&chksm=fc640b7ecb13826806dc1fc28c1dd24262651ab37a00b630a24e500c90fad21cac342650d403&scene=27