はじめに

 張啓発(张启发、1953年~)華中農業大学教授は、作物遺伝学を駆使してイネの品種改良で成果を挙げ、2018年に未来科学大賞生命科学賞を、袁隆平李家洋と同時に受賞した。

張啓発の写真
張啓発 百度HPより引用

生い立ち

 張啓発(张启发、Qifa Zhang)は1953年に、中国中部にある湖北省荊州市公安県の農家に、男3人女1人の4兄弟の長男として生まれた。
 張啓発は、村の小学校である新利小学校に通い成績が優秀であったため、荊州市内の都市部にある荊州中学校を受験するよう、担任の先生に勧められた。その当時、荊州中学校に入学した村の生徒はほとんどいなかったが、張啓発は無事に試験に合格し、10歳となった1963年に同校に入学した。

文化大革命に遭遇

 張啓発が13歳となった1966年に文化大革命が始まり、翌1967年には荊州中学校での授業がストップしてしまったため、やむなく自宅に戻り家業である農業の手伝いを始めた。ただ張啓発は当時新しかったラジオに没頭し、他の子供が農作業の後、自宅の食糧確保を兼ねて周りの川などで魚やエビを捕まえていたのに、彼はラジオをいじっていたため両親によく叱られていた。

 戻った実家の村には、中学校で勉強した子供がほとんどおらず、張啓発は村の小学校で国語の代用教師となった。このことが張啓発の人生を大きく変えていく。

 文革中は中国全体の高等教育システムが崩壊し、大学入学のための共通入試である高考が停止されており、その代わりに工員、農民、兵士などで優れた働きをした若者を中国共産党の推薦により大学に入学させる「工農兵大学生」という制度が設けられた。
 張啓発のいた公安県で推薦を受けるためには、単に優れた労働をしたというだけでなく試験での成績も考慮されるため、張啓発は代用教師として勤務を続行するとともに、帰宅後も猛勉強した。当時は、電気が村にきておらず灯油のランプで勉強したため、頭の前の方がランプの熱で脱毛した。

 代用教師としての働きと試験勉強の成果が報われて、張啓発は1973年に地元の共産党支部から推薦を受け、華中農学院黄岡分院に入学した。

米国に留学

 張啓発は、1976年に華中農学院から学士の学位を取得し、そのまま同学院に助教として勤務した。

 丁度この時期に文化大革命が終了し、米中間の科学技術交流が本格化した。張啓発も米国への留学を志したが、文革の影響もあり、英語の勉強を開始した時点ではたった26 個の英単語しか知らなかったという。猛勉強の結果、教師向けの全国英語テストを受けて優秀な成績を獲得し、米国留学の機会を得た。
 張啓発は、華中農学院に勤務して6年後の1982年に、米国カリフォルニア大学デービス校に留学した。専門分野は遺伝学であった。

 張啓発は1985年に、カリフォルニア大学デービス校より博士の学位を得て、引き続きポスドク研究を同大学で行った。

好待遇の米国生活を捨てて帰国

 カリフォルニア大学でのポスドク生活は大変恵まれたものであり、張啓発の月収は 2,040ドルだった。さらに他の研究機関から、給与を1万900ドルに増額しプール付きの別荘や海外有給休暇などを付与するというオファーがあったという。

 しかし張啓発は、母国に戻り母国の発展に役立ちたいという強い思いの下に、ポスドク生活を1年で切り上げ、1986年に帰国した。

 帰国した張啓発は、母校である華中農業大学(1985年に華中農学院から名称変更)の農学部講師に採用された。当時の中国は貧しく、給与は数十元となったが、張啓発は他の人が数十元で生活できるなら、自分もきっとできるだろうと考えた。

 張啓発は、その後華中農業大学で副教授を経て1994年に教授に就任した。

イネなどの植物遺伝学で成果

 張啓発がまず取り組んだのは、大麦であった。彼は、世界の大麦の遺伝的多様性を体系的に分析し、世界の大麦の遺伝的多様性のいくつかの重要な特徴を明らかにし、世界の東と西における栽培大麦の独立した起源を明らかにした。

 次に、イネの雑種強勢と分子マーカーのヘテロ接合性の関係を調べて、雑種強勢の遺伝的基盤を分析し、ハイブリッド米の開発に尽力した。

 さらに張啓発は、国家重点基礎研究開発計画の「973」プロジェクトや中国科学院のコンサルティングプロジェクトなど、50以上の研究プロジェクトを手掛けた。

 これらの業績により張啓発は、2018年に未来科学大賞の生命科学賞を受賞した。受賞理由は「初の雄性不稔性イネ系統の創製の先駆者として、農業生産に広く使用されるハイブリッド米を作製し、米の収量を大幅に増加させた」であった。ハイブリッド米の父と呼ばれる袁隆平(1930年~2021年)李家洋(1953年~)との同時受賞であった。
 未来科学大賞は、香港を拠点とする未来科学賞財団が中国における優れた業績を表彰することを目的として2016年に創設した賞であり、生命科学、物質科学、数学・計算機科学の3分野がある。

 また、張啓発は1999年に中国科学院院士に当選し、2007年には米国科学アカデミーの会員となっている。

遺伝子組み換え食品を推奨

 張啓発は、既に取り上げた李家洋などと共に、遺伝子組み換え食品について、普及を積極的に支持する発言を行っている。

 中国は共産党の一党支配であるがゆえに、政府の考え方に対する反対意見が全く無いと思われているが、実はそうではない。中国政府は、遺伝子組み換え食品を普及させることで中国全体の食糧問題に対応したいと考えているが、中国国民の中にはこの様な政府の動きを是認せず反対の声を上げるものもある。

 張啓発は、害虫からイネを護ろうとするとどうしても農薬に頼ることになり、これが農家の負担を増大させるとともに、残留農薬が生態環境に深刻なダメージを与えるとしている。そして、遺伝子組み換え技術は農薬の使用を 40%以上を削減でき、農民の健康を保護し、グリーンで環境に優しい技術であると主張している。

 2013年7月には張啓発が中心となり、研究者仲間61名の連名で、遺伝子組み換え食品の普及促進を国務院に要請した。
 しかしこのことが、張啓発を危険な目に遭わせることになる。張啓発が、あるシンポジウムに参加していたところ、遺伝子組み換え食品反対派のグループが会場に乱入し、張啓発らに殴りかかった。何とか逃れ、命や身体には別状なかった。
 これを聞いた著名な農学者・袁隆平は、驚き悲しんで直ちに張啓発に電話して慰めると共に、自分が主宰する長沙の研究センターに彼を招待し、関係者を集めて講演をさせた後、遺伝子組み換えイネについての研究協力を申し出たという。

 この様に苦い経験をした張啓発であるが、現在も組み換え食品の安全性を支持する立場を変えていない。

参考資料

・个人图书馆HP 家人眼中的张启发院士 http://www.360doc.com/content/21/0316/11/37581541_967240590.shtml 
・网易HP 知情人透露张启发的神秘生活:极少人知的内幕 https://www.163.com/dy/article/IJE2KCP20511D74L.html
・華中農業大学HP 華中農業大学 https://lst.hzau.edu.cn/info/1214/5134.htm
・未来科学大賞HP 2018 生命科学奖 获奖人 张启发Qifa ZHANG
https://www.futureprize.org/cn/laureates/detail/12.html
・中国科学院学部HP 张启发 https://casad.cas.cn/ysxx2022/ysmd/smkx/200906/t20090624_1803041.html
・第一財経HP 61名院士曾联名上书领导人要求推广转基因水稻 https://www.yicai.com/news/3049674.html