はじめに

 鄧宏魁(邓宏魁、1963年~)北京大学教授は、幹細胞研究で成果を挙げ、2024年に未来科学大賞・生命科学賞を受賞している。

鄧宏魁の写真
鄧宏魁・北京大学教授  北京大学新聞网HPより引用

生い立ちと教育

 鄧宏魁(邓宏魁、Hongkui Deng)は、1963年に北京で生まれた。3年後の1966年に文化大革命が勃発し、13歳となった1976年まで続いたが、この時期の鄧宏魁の情報はウェブ上にはない。

 鄧宏魁は、1980年に湖北省にある名門大学の武漢大学生物学科に入学した。同大学で細胞生物学を学んで、1984年に学士学位を取得した。
 鄧宏魁は、その後上海にあった上海第二医科大学(現在の上海交通大学医学院)の大学院に入学した。1987年には、同大学から修士学位を取得し、そのまま同大学の研究室に残り研究を続行した。 

米国へ留学

 鄧宏魁は、1990年に米国に渡ってカリフォルニア大学ロサンゼルス校の大学院で免疫学を専攻し、1995年に同大学より博士学位を取得した。その後、ニューヨーク大学メディカルセンターで2年半ほどポスドク研究を行った。

 この時期に、世界のライフサイエンス関係者を驚かす大きな発見が英国からもたらされた。スコットランドのロスリン研究所の研究者らが1997年に、世界初の哺乳類体細胞クローン羊であるドリーの誕生を発表したのである。鄧宏魁は、この発表を聞き、ヒトの細胞を再プロミングすることにより、新たな疾病治療法ができるかもしれないと思った。

 鄧宏魁は1998年に、マサチューセッツ州にあるライフサイエンス系の民間企業であるViacell Inc.に入った。その後、再び研究の道に戻ることになったが、鄧宏魁は大きな道草を食ったと当初は感じたものの、現在では非常にユニークで貴重な経験だったと考えている。その理由は、学術的な理論や知見を実際の臨床に活かすトランスレーショナル研究をこの4年間に学び、それが現在の研究生活に大きな影響を及ぼしていると考えられるからである。 

帰国して北京大学教授に

 鄧宏魁は、国家自然科学基金委員会(NSFC)が実施する国家傑出青年研究基金に当選し、2001年に帰国して北京大学教授となった。

 しかし、当時の中国は経済発展の途上にあったため、北京大学でもそれほど豊かではなく、鄧宏魁の研究室はゼロからのスタートと言えるものであった。何もなく、時々雨漏りがする倉庫のような場所をあてがわれ、ネットワークのケーブルも自分で引く必要があった。また時々停電し、機器の損傷にも見舞われた。それでも鄧宏魁は、研究環境を徐々に整えていった。

幹細胞研究で成果

 北京大学で鄧宏魁が研究を進めたのは、幹細胞研究である。

 鄧宏魁が北京大学で研究を開始して5年後の2006年に、日本から衝撃的な情報がもたらされた。京都大学の山中伸弥教授が、マウスのしっぽの皮膚細胞に4つの遺伝子を入れた細胞を培養することにより、さまざまな組織に分化する万能性を持つ細胞となることを発見したのである。この細胞は、iPS細胞(induced pluripotent stem cell、人工多能性幹細胞)と呼ばれることになり、山中教授は2012年のノーベル生理学・医学賞を受賞した。

 鄧宏魁は、この山中教授の iPS 細胞発見の報を受けて、中国で真っ先に細胞研究を始めた一人であり、マウスやサル、ラット等の実験動物を使った基礎的な研究を行うとともに、細胞の初期化、細胞の分化誘導、再生医療への応用などを研究してきた。

 鄧宏魁が初めにiPS 細胞研究で成果を挙げたのは2008年であり、ヒトiPS細胞の樹立において、がん抑制遺伝子の制御により細胞の増殖効率を約100倍高めることができるとの研究成果をCell Stem Cell(3〔5〕号、475~479ページ)に発表した。将来の臨床応用を考えると重要な成果で、日本や欧米の研究者にも大変注目された。

 鄧宏魁は2013年に、小分子化合物をマウスの体細胞に注入することによりiPS細胞を作り上げたと発表した。さらに2023年には、ヒト細胞でも同様の手法で、iPS細胞を作り上げることに成功したと発表している。

 これとは別に鄧宏魁は、人民解放軍総医院や首都医科大学の協力を得て、ゲノム編集によりヒトの造血幹細胞のCCR5遺伝子を不活化させた後、HIV感染を伴った急性リンパ性白血病の患者の体内に移植する治療を世界で初めて行った。
 鄧宏魁は、この成果を2019年9月にニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン誌に論文として発表し、2019年のネイチャー誌世界トップテン科学者の一人に選ばれた。

未来科学大賞受賞

 鄧宏魁は、2024年に未来科学大賞生命科学賞を受賞した。受賞理由は、「化学的手法を用いて体細胞を多能性幹細胞に再プログラムし、細胞の運命と状態を変えるという先駆的な研究で優れた業績を挙げた」であった。

鄧宏魁の未来科学大賞受賞写真
鄧宏魁の未来科学大賞受賞 北京大学新聞网HPより引用

 鄧宏魁は、引き続き北京大学の教授として、幹細胞研究を行っている。

 彼は、自分が所属する北京大学の研究環境を高く評価している。
 評価する具体的な理由であるが、北京大学は、中国屈指の医学部と多くの附属病院があり、医学部と附属病院との連携がうまく機能しているため、臨床応用で有利であること、北京大学は他の学部も充実しているため、医学、生物学、材料等の異分野の横断的な研究ができること、大学敷地内にマウス等の共同利用の実験動物センターがあり実験の便がいいこと、などを挙げている。

参考資料

・北京大学新聞网HP 邓宏魁教授荣获2024年未来科学大奖“生命科学奖”
https://news.pku.edu.cn/xwzh/e5624e10ddf34324a1e4b1bb6452b431.htm