はじめに
楊学明(杨学明、1962年~)大連化学物理研究所研究員・南方科技大学副学長は、自由電子レーザーの建設運転に携わり、化学反応の研究で成果を挙げ、2022年に未来科学大賞物質科学賞を受賞した。
生い立ちと教育
楊学明(杨学明、Xueming Yang)は、1962年に浙江省の北部にある湖州市徳清に生まれた。
楊学明が4歳となった1966年に文化大革命が始まり、以降学校教育がほとんど実施されなかった。文革の後期には、少し落ち着き、楊学明も中学校に通うことが出来た。中学生の時、化学を学んだ先生の教え方が優れていて、楊学明は化学が大変好きになった。
1976年暮れに文革四人組が逮捕され、鄧小平が1977年8月に大学共通入試・高考(ガオカオ)を復活させた。復活一回目の高考は1977年暮れに行われた。
15歳となっていた楊学明は、飛び級で復活第一回目の高考を受験した。中学時代に化学が好きになり大学でも専攻しようと臨んだが、高考では化学の成績はそれほど良くなく物理は非常に高い点数であった。そこで、化学専攻から物理専攻に変更し、浙江省金華市にある浙江師範学院(現在の浙江師範大学)物理学科に入学した。
ちなみにこの復活第一回高考は、全国で約570万人が受験したが、文革の影響を受けた大学側の受け入れ体制を考慮して合格者はわずか約28万人と、極めて厳しい試験であった。
専攻分野を物理から化学へ
楊学明は、浙江師範学院物理学科で勉学に励み、卒業後に大学院に進学することとした。その際、物理ではなく大学入学の際に断念した化学を専攻することを目指した。
楊学明が目指したのは、遼寧省大連市にある中国科学院・大連化学物理研究所の研究生(大学の大学院生と同等)である。大連化学物理研究所は、中華人民共和国建国前に設置された旧満鉄中央試験所を母体として設立された研究機関であり、規模、研究開発力、研究成果で中国科学院のトップクラスに位置している。
大連化学物理研究所の研究生試験には、量子力学の知識が必須となっていたが、楊学明が在籍した浙江師範学院では、研究生試験の後に量子力学の授業が行われることになっていた。そこで、楊学明は独学で量子力学を勉強し、1982年に見事同研究所に研究生として入所することが出来た。
楊学明は、中学時代からの初志を貫徹し、大連化学物理研究所で化学レーザーの研究を行った。化学と物理では「言語」が違い少々苦労したが、物理学を学んで化学に移ったことにより、物質の本質を十分理解した上で化学の実験を行うことが出来たことや、物理と化学の境界領域に関心を持つことが出来たことで、現在の研究人生に大きな影響があったと述懐している。
楊学明の当時の恩師・張存浩は、中国の化学レーザー研究の基礎を築いた科学者であり、大連化学物理研究所の所長も務めた。
米国に留学
楊学明は、1986年に大連化学物理研究所から修士の学位を取得し、米国カリフォルニア大学サンタバーバラ校に留学した。
1991年に、カリフォルニア大学サンタバーバラ校よりPhDを取得し、プリンストン大学およびカリフォルニア大学バークレー校でポスドク研究員となった。カリフォルニア大学バークレー校で楊学明のボスとなったのが、1986年に化学反応素過程の研究によりノーベル化学賞を受賞した李遠哲(Yuan Tseh Lee、李远哲)であった。楊学明は、放射光源を用いた化学反応速度の研究を行った。
師の李遠哲は、1994年にバークレーの教授を辞し、また米国籍も放棄して台湾に帰国し、台湾最大の研究所である中央研究院の院長に就任した。このため楊学明も、師に従って台湾に渡り、中央研究院の原子・分子科学研究所の研究員となった。
帰国して大連化学物理研究所へ
楊学明は、当時大連化学物理研究所の所長であった包信和・現中国科学技術大学学長の招聘に応じ、2001年に大連に戻って分子反応動力学国家重点実験室(分子反应动力学国家重点实验室)の主任となった。
楊学明が大連化学物理研究所で目指したのは、中国初の大規模自由電子レーザー装置の建設であった。やはり中国科学院傘下の研究所である上海応用物理研究所と2011年にチームを組んで、自然科学研究基金委員会(NSFC)の資金援助を受けて建設することとなった。2014年に建設が始まり、2016年に建設が終了して、2017年に初めての放射光の発出に成功し、2018年より運用が始まった。
この施設は、「大連コヒーレント光源(大连相干光源)」と呼ばれ、中国初の大規模自由電子レーザー装置であり、極紫外線帯域で作動する世界で唯一の自由電子レーザー装置である。
未来科学大賞を受賞
楊学明は2022年に、未来科学大賞物質科学賞を受賞した。
受賞した理由として、新世代の高解像度科学機器を開発し、基礎的な化学反応速度論の研究、特に化学反応の共鳴状態、化学反応における幾何学的位相効果、および量子干渉で大きな進歩をもたらしたことである。
未来科学大賞は、香港を拠点とする未来科学賞財団が中国における優れた業績を表彰することを目的として2016年に創設した賞であり、生命科学、物質科学、数学・計算機科学の3分野がある。
南方科技大学副学長を兼務
楊学明は2017年に、大連化学物理研究所に籍を置いたまま、南方科技大学の理学院長(理学部長)に就任した。南方科技大学(Southern University of Science and Technology (SUSTech))は、広東省の深圳市に本部を置き、2011年に開学した比較的新しい大学である。現在の同大学の学長は、量子異常ホール効果を実験で確認するなどの成果を挙げ、国家自然科学一等賞や未来科学大賞などを受賞した薛其坤(1962年~)である。
楊学明は2021年に、同大学の副学長となり高等教育にも尽力するともに、大連化学物理研究所で引き続き自由電子レーザーに係わる研究を続行している。
参考資料
・澎湃HP 对话未来科学大奖得主杨学明:中国人要有胆识来推动世界科学发展 https://m.thepaper.cn/baijiahao_21816526
・未来科学大賞HP 杨学明 Xueming Yang https://www.futureprize.org/cn/laureates/detail/59.html
・南方科技大学HP 杨学明 个人简介 https://phy.sustech.edu.cn/faculty/detail/id/1279.html