参考 中国のライフサイエンス・臨床医学分野の特徴(2023年)
ここでは、どの研究開発領域で中国が世界を牽引しているか、逆にどの領域で中国が世界から後れを取っているかを述べたい。
使用したデータはJST/CRDSの2023年俯瞰報告書にある記述であり、この記述を元に林がとりまとめている。従って、以下の内容の文責は林にある。
1. 中国の優れた領域
(1)農業・生物産業区分~植物生殖
・他の国・地域との対比
欧州は◎◎、米国は○◎、日本は◎△、韓国は○△であるので、中国は欧州と並び世界トップレベルにある。
・領域の定義
人類が食料として用いる植物の多くは被子植物に分類される。ここでは生殖器官として、いわゆる「花」を用いる被子植物の生殖を中心に扱う。
・中国が基礎研究で◎となった根拠
植物科学における情報技術、特にAI関連の新技術には必ずと言ってよいほど中国が関与している。大量の人材による情報アノテーション・phenotypingなどを行っており、アウトプットとして解析対象がゲノム・遺伝子であれば遺伝子編集に直結させる行動力もある。ハイインパクトなジャーナルに掲載される研究例が飛躍的に増えている。
・中国が応用研究・開発で◎となった根拠
基礎研究と同様。米国と同様、国の規模の関係からAIを駆使した効率化が極めて社会実装に近く、相性が良い。遺伝子編集も多様性・特殊性を基盤とする作物では、「大量の人員」を必要とする研究開発との相性は極めて高い。また、同様に、応用的な材料を使うことを求められる状況にあり、またアポミクシスの研究も進んでいる通り、流行りの技術開発においても大きな力を発揮している。
(2)基礎基盤区分~オプトバイオロジー
・他の国・地域との対比
米国、欧州は◎◎、日本は◎○、韓国は○○であるので、中国は米国、欧州と並び世界トップレベルにある。
・領域の定義
光を使って生命現象を自在に操作するための技術開発である。
・中国が基礎研究で◎となった根拠
長波長の光で駆動できる光スイッチタンパク質(REDMAP)等の開発と応用研究で分野をリードする成果を報告する研究グループがある。
・中国が応用研究・開発で◎となった根拠
長波長の光スイッチタンパク質を応用してゲノムをコントロールする研究が行われている。
長波長の光スイッチタンパク質を応用した免疫細胞療法に関する研究が行われている。
2. 中国の後れている領域
(1)健康・医療区分~幹細胞(再生医療)
・他の国・地域との対比
米国は◎◎、欧州、日本は○○、韓国は△△であるので、中国は韓国と並び他の主要国から後れたレベルにある。
・領域の定義
疾患や外傷、加齢などによって、生体本来の修復機能では自然回復が困難なほどに組織・臓器が損傷・変性し生体機能が失われた時に、幹細胞や組織・臓器の移植などによって当該組織・臓器の再生を目指す医療である。
・中国が基礎研究で△となった根拠
量はもちろんのこと、質も著しく向上している。一流誌に発表される論文数も増加し、学会等でのプレゼンスも格段に上がっている。
米国の大学に留学している学生、研究者の数も圧倒的で、中国本土の科学技術の向上に貢献している。
・中国が応用研究・開発で△となった根拠
中国の論文数、質の向上は臨床研究においても認められる。多能性幹細胞を用いた臨床試験も開始されている。
欧米や日本に比して人権や動物愛護に対する規制が厳しくなく、応用研究を推進しやすい環境であるとも言える。
(2)健康・医療区分~がん
・他の国・地域との対比
米国、日本は◎△、欧州は○△、韓国は△×であるので、中国は韓国と並び主要国から後れたレベルにある。
・領域の定義
がん細胞が無限に増殖し、浸潤・転移し最終的に個体を死に至らしめる疾患である。
・中国が基礎研究で△となった根拠
がん悪液質について、散発的なオミクス研究の実施事例はあるものの、がんそのものに対する研究を推進する勢いが今なお圧倒的に強い。
・中国が応用研究・開発で×となった根拠
がん細胞競合はまだ基礎研究段階にある(国内・海外とも同じ状況)。
がん悪液質について、そもそも、宿主やQOLへの関心があまりない印象。
(3)健康・医療区分~老化
・他の国・地域との対比
米国、欧州は◎◎、日本は○○、韓国は△△であるので、中国は韓国と並び主要国から後れたレベルにある。
・領域の定義
成熟期以降、時間の経過とともに様々な生理機能が低下し、外界への適応力も低下していくが、これらの細胞、臓器、個体レベルでの機能低下、およびその過程が「老化」であり、この老化を扱う。
・中国が基礎研究で△となった根拠
全体のレベルは高くないが、Zhouの早老症研究、Hanのシステムバイオロジーなどの高いレベルの研究者がいる。
基礎老化研究において、日本、韓国、さらには台湾も含めたコンソーシアムの中で自国の研究水準を高めようとしている。
・中国が応用研究・開発で△となった根拠
成果面から判断するのは困難だが、大学、研究所関連での積極的な海外人材登用の積極性からも上昇傾向であると思われる。
中国企業から日本の研究者に対して、漢方薬成分の分析と臨床応用などの提案(研究費)があるが、実体は不明。
産業化に向けた企業の動きは、外資系企業の積極的誘致を含めた計画が進み始めたが、まだ成果に結びついていない。