概要

中山大学 (Sun Yat-sen University) は、広東省広州市にある総合大学である。

広東省も広州市も、中国有数の工業集積地である。

中山大学は大陸南部の華南地域の有力大学であり、全く別の観点から取り上げる予定の香港大学を別とすれば、華南地域で今回取り上げる唯一の大学である。

中山大学の正門
中山大学の正門 中山大学のHPより引用

1. 名称と所管

(1)名称

・日本語表記 中山大学
・中国語表記 中山大学  略称 中大
・英語表記 Sun Yat-sen University  SYSU
 中山大学の名称は、近代中国の革命家である孫文に由来する。孫文は、孫中山、孫逸仙などの号を有したが、中国では中山、欧米では逸仙のローマ字表記のYat-senが良く知られていたため、中国語と英語が違っている。

辛亥革命を主導した孫文
辛亥革命を主導した孫文 百度HPより引用

(2)所管

 国務院教育部の直轄大学である。

2. 本部の所在地

 中山大学の本部は、広東省広州市にある。

 広東省は、中国大陸の南に位置し、南シナ海に面している。北は福建省・江西省・湖南省と接し、西は広西チワン族自治区と接している。また南西には、かつて広東省の一部であった海南省がある。省の南に香港・マカオの両特別行政区が存在している。気候は熱帯モンスーン気候が中心で、夏は高温多湿、冬は温暖少雨となる。現在の広東省の人口は12,684万人(中国第1位)、経済規模はGDPで約124,000億元(中国第1位)である。広東省は、広州市および深圳・珠海の経済特区を有し、経済的に非常に富裕な省である。辛亥革命を主導した孫文は、広東省香山県(現在の中山市)の出身である。

 大学のある広州市は、広東省の省都である。秦の始皇帝がこの地を占領し、県を設置したのが歴史の始まりである。近代で鎖国的な政策を取った明や清の時代でも、広州市は例外的に欧米との貿易を認められていた。中華人民共和国成立後も、香港に近いという地の利を活かし、広州市は中国の対外貿易の拠点となった。さらに、1979年に鄧小平が対外経済開放政策を取り深圳・珠海を経済特区としたことにより、広州市はこれらの経済特区を経済圏に収め、急速な発展を遂げた。現在も、珠江デルタの中心都市として、深圳市、珠海市だけでなく、仏山市、東莞市、中山市、清遠市、恵州市などを経済的に包含する一大経済拠点を形成している。

広東省広州市の風景
広東省広州市

3. 沿革

 中山大学は、元々の中山大学と中山医科大学2つが合流して成立した。元々の中山大学と中山医科大学も、合併などを繰り返してきている。

(1)国立広東大学の設置と国立中山大学としての発展

 孫文は1924年に、広東にあった広東高等師範学校、広東公立法政大学、広東公立農業専門学校を合併させて、国立広東大学を設置した。1925年に孫文が死去し、同大学は広東公立医科大学や広東公立工業専門学校を吸収合併の上、国立中山大学と名称を変更した。国立中山大学は、文・理・法・工・農・医・教の7学部を有する総合大学として発展し、1935年には大学院も設置した。
 1937年に日中戦争が始まると、国立中山大学は戦火を避けて西部雲南省澂江県などに移転したが、日本軍の敗戦とともに広東省に戻った。

(2)格致書院と私立嶺南大学

 元々の中山大学のもう一つの源流は、米国キリスト教長老会により1888年に、広州市に設置された格致書院(Canton Christian College)である。義和団事件の影響で一時マカオに移転したが、再び広州市に戻った。1927年に大学の名称が私立嶺南大学(Lingnan University)となった。日中戦争時は香港に疎開したが、太平洋戦争が始まり香港も日本軍に占領されたため、停校となった。日本軍の敗戦とともに、広東省で復校した。

(3)院系調整により中山大学へ

 1949年に中華人民共和国が建国され、1952年から全国で院系調整が行われた。国立中山大学は、私立嶺南大学や華南連合大学と合併したが、学部は文と理をメインとする大学となり、工学部、農学部、医学部、教育学部は、広東省の他の単科大学に吸収された。また、文科系の一部の学部も北京大学や武漢大学に移管となった。大学の名称は、国立を取り中山大学に変更された。新しい中山大学では、歴史、数学、物理学、化学、生物学、地理学などが中心となった。

(4)中山医科大学の設立

 現在の中山大学の源流の一つである中山医科大学も、いくつかの大学が合併して出来たものである。
 最も古いものは、米国会衆派の医師パーカーが1835年に広州市で開業した眼科「博済医院」を源流とするものである。この眼科医院が総合病院に発展し、同病院の傘下に医学教育を行う「博済医学堂」が1866年に設置された。この医学堂で、若き日の孫文も学んだ。その後前記の私立嶺南大学に吸収され、1936年に「私立嶺大学医学院」となった。
 1952年の院系調整の際に、私立嶺南大学医学院は、1908年創設の「光華医学堂(後に広東光華医学院)と1909年創設の「広東公医学堂(後に中山大学医学院)」と合併し、1953年に「華南医学院」となった。その後、広州医学院、中山医学院と改名の後、1985年に「中山医科大学」と改名した。

中山医科大学の写真
中山医科大学、前面にあるのは孫文の像 百度HPより引用

(5)新たな中山大学へ 

 2000年には、中山大学と中山医科大学が合併し、新たな中山大学が発足した。中山医科大学は、中山大学中山医学院として再スタートすることとなった。

4. 現在の指導部

(1)学長

 現学長の高松は、1964年安徽省生まれで、1981年に北京大学化学科に入学し、同大学で博士号を取得した。その後母校で教鞭を執り、1999年に北京大学教授に就任した。この前後に、ドイツのアーヘン工科大学、香港大学、シンガポール国立大学などで訪問研究を行っている。2013年に北京大学副学長、2018年に華南理工大学学長を経て、2021年に中山大学学長に就任した。専門は配位化学と分子磁性の研究で、2007年に中国科学院院士に当選している。

(2)共産党委員会書記

 共産党委員会書記の陳春声(陈春声)は、1959年に広東省に生まれ、1982年に中山大学歴史学科を卒業し、1989年に厦門大学で歴史学の博士号を取得している。母校の中山大学に就職し、人文科学部の学部長などを経て、2008年に副学長となり、2015年から中山大学の党委書記を務めている。

5. 規模

(1)規模のデータ

 中山大学は、学生数や大学院生数では中国の主要大学中で中規模であるが、教師数や総予算は中国トップクラスに位置している。具体的な数値で見たのが下表である。

 中山大学中国1位の大学 
学部学生数32,140名(15位)鄭州大学 47,000名詳細データ
大学院生数23,307名(15位)清華大学 38,850名詳細データ
留学生数1,666名(15位)北京大学 6,857名詳細データ
専任教師数4,471名(4位)吉林大学 6,506名詳細データ
総予算193.05億元(5位)清華大学 362.11億元詳細データ

(2)キャンパス

 中山大学は、広州市内に南、北、東の三か所、珠海市と深圳市に一か所、合計5か所にキャンパスを有している。広州市内の南キャンパスに本部があり、北キャンパスは元の中山医科大学である。

(3)学部

 中山大学は、政府の教育部が定めている12の大分類(日本の大学の学部に相当)について、芸術や農学を含めて全てを有する総合大学である。

(4)双一流学科建設

 中国は2017年に、国内の大学とその学科を21世紀半ばまでに世界一流とすることを目標とする政策(双一流政策)を開始した。2022年に改訂された双一流学科建設において、中山大学は全体で以下の11学科が選定されている。理工学や医学も強いが、人文系もあり、比較的バランスの取れた総合大学である。
  ○人文系(2) 哲学、商工管理学
  ○理学系(4) 数学、化学、生物学、生態学
  ○工学系(2) 材料科学・工学、電子科学・技術
  ○医学系(3) 基礎医学、臨床医学、薬学 

(5)附属医院

 HPによれば、中山大学は次の10の附属医院を有している。
  ・附属第一医院
  ・孫逸仙記念医院(附属第二医院)
  ・附属第三医院
  ・中山眼科センター
  ・がん治療センター
  ・附属医院医院
  ・附属第五医院
  ・附属第六医院
  ・附属第七医院(深圳)
  ・附属第八医院(深圳福田)

6. 研究開発力

 中山大学は、中国の主要大学において10位前後の研究開発力を有すると考えられる。

(1)研究開発力のデータ表

 中山大学の研究開発力を、データとして示したのが下表である。
 このうち、SCI論文数とはラリベートアナリティックス社のデータによる論文数、Nature Indexとは世界トップクラスの科学誌・学会誌掲載の論文数による指標、NSFCの面上項目予算の獲得額である。国家重点実験室は下記(2)も参照。

 中山大学中国第1位の大学 
SCI論文数7位中国科学院大学詳細データ
Nature Index9位中国科学院大学詳細データ
国家重点実験室数4か所(9位)清華大学 13か所詳細データ
NSFC面上項目予算2位上海交通大学詳細データ

(2)国家重点実験室

 中山大学にある4か所の国家重点実験室は、次の通りである。1か所が工学、1か所が農学、2か所が医学の関係である。
  ・光電材料・技術
  ・有害生物制御・資源利用
  ・華南腫瘍学
  ・眼科学

7. 国内および国際的な評価

 中国の国内と国際的な評価を示したのが下表である。国内では国務院教育部と中国校友会、国際では英国のQS(Quacquarelli Symonds Limited)とTHE(Times Higher Education)のランキングを示した。また、卒業生の中での傑出科学技術人材数の校友会ランキングも、併せて示した。
 これで見ると中山大学は、中国国内の主要大学の中で10位から15位程度にある総合大学と言える。

 中山大学中国第1位の大学 
教育部ランキング11位清華大学詳細データ
校友会ランキング16位北京大学詳細データ
QSランキング世界267位 中国13位北京大学 世界12位詳細データ
THEランキング世界251-300位 中国11位北京大学、清華大学 世界16位詳細データ
校友会傑出人材18位北京大学詳細データ

8. 国際性

(1)他国の大学等との協力

 中山大学のHPによれば、2022年現在、米国、英国、フランス、イタリア、ドイツ、カナダ、オーストラリア、韓国などの242の大学・研究機関と交流と協力を確立している。

(2)日本との協力

 HPによれば、日本では龍谷大学、東海大学、創価大学、関西外国語大学、大東文化大学、立命館大学、早稲田大学、関西学院大学、神戸大学、福山大学、名古屋工業大学、筑波大学、東京大学、広島大学、立教大学、横浜国立大学、神奈川大学、岡山大学、東北大学、一橋大学など、25大学・組織と交流関係にある。

(3)中山大学中仏原子力工学・技術研究所

 中山大学中仏原子力工学・技術研究所(中山大学中法核工程与技术学院、Institut Franco-chinois de l’Energie Nucléaire)は、中山大学とフランス・グルノーブル国立工科大学などの 5 つの工学学校によって共同で設立された。この大学は、フランスの技術者養成の教育モデルを導入し、原子力関連産業における世界クラスの人材を育成することを目指している。 2010 年に開学し、毎年100 ~ 120 人の学生が入学する。

(4)中山大学・カーネギーメロン大学合同工学院

 中山大学・カーネギーメロン大学連合工学院(中山大学-卡内基梅隆大学联合工程学院、SYSU-CMU Joint Institute of Engineering)は、2011年に中山大学と米国のカーネギーメロン大学により設立された。2013 年から電気工学とコンピューター工学の修士号と博士号を取得するデュアルディグリー教育を提供している。
 中山大学が位置する広東省は、電子工業やコンピュータ工業などの産業集積地であり、一方米国のカーネギーメロン大学は工学教育と研究で知られる世界的に有名な大学である。そこで、カーネギーメロン大学の教育法を導入することにより、電子やコンピュータ産業における優れた人材育成を目指すものである。

9. 特記事項

(1)華南地域の有力大学

 中山大学は、中国を7つに分けた地域の1つである華南(広東省、江西チワン族自治区、海南省、香港、マカオ)にある大学である。この地域では歴史的に異なる発展をしてきた香港大学を別とすれば、中山大学はこのコーナーで唯一取り上げることとなる。
 全体で42校選ばれている双一流建設大学リストにおいて、同大学以外の華南地域の大学は、華南理工大学(教育部ランキング23位、校友会ランキング28位)、厦門大学(教育部ランキン31位、校友会ランキング21位)である。
 華南地域は、広東省の広州市・珠海市・東莞市・深圳市などや、福建省の福州市・厦門市などを擁する中国有数の産業集積地であり、人口も多いが、北京市や上海市に比較して優れた大学はそれほど多くない。

(2)孫文を誇りとする 

 既に述べたように中山大学は、辛亥革命を主導し中華民国を創立した孫文の号に由来する。孫文と同大学の関係は深い。
 孫文は、珠江デルタの中南部に位置する広東省香山県(現在の中山市)に生まれ、青年時代に医学を学んだ学校の一つが博済医学堂であり、現在の中山医学院である。また、孫文は1924年には、国立広東大学を創設しており、これが現在の中山大学の直接の母体である。孫文は、「革命いまだ成らず」との言葉を残して1925年に没するが、彼の功績と人柄さらには革命に対する情熱に、現在の中国国民も深い敬意を抱いている。

参考資料

・中山大学HP https://www.sysu.edu.cn/
・中山大学中山医学院HP https://zssom.sysu.edu.cn/zh-hans
・百度HP https://baike.baidu.com/item/%E4%B8%AD%E5%B1%B1%E5%A4%A7%E5%AD%A6/5672?fr=aladdin