はじめに

 陳仙輝(陈仙辉、1963年~)中国科学技術大学教授は、超伝導研究で成果を挙げ、中国科学院物理研究所の趙忠賢と共に、2023年に未来科学大賞物質科学賞を受賞している。

陳仙輝の写真
陳仙輝  中国科学技術大学のHPより引用

生い立ちと教育

 陳仙輝(陈仙辉、Xianhui Chen)は、1963年に湖南省湘潭市で生まれた。湘潭市は、中国共産党の最高指導者で中国国家主席であった毛沢東の出身地である。現在のところ、中国のネット上に陳仙輝の実家や少年時代の情報はない。

陳仙輝の故郷にある毛沢東の生家写真
湘潭市にある毛沢東の生家 百度HPより引用

 陳仙輝が3歳の頃に文化大革命が始まり、13歳の頃に終了したが、この時代の情報もない。

 陳仙輝は、1979年に隣の省・江西省宜春市にあった宜春師範専科学校(宜春师范专科学校、現在の宜春学院)の物理学科に入学した。この宜春師範専科学校は、中国の高等教育制度における職業技術学院(职业技术学院)のカテゴリーに属し、修了年限は3年で、学士と同等の待遇を受ける「専科卒業証書:专科毕业证书」が取得できた。

 陳仙輝は、19歳となった1982年に宜春師範専科学校を卒業し、江西省の中学校の教師となった。陳仙輝は当初、中学校の教師の生活に満足していたが、教育研修などの機会に地域の都会である南昌や杭州に行ったことにより、自分の人生には別の道があると思うようになった。そこで、中学校の教師をしながら独学を続け、大学院に入ることを目指した。

大学院から研究者の道へ

 陳仙輝は、中学教師となって4年目の1986年に、杭州大学(その後合併して、現在の浙江大学となっている)大学院に入学した。

 陳仙輝は、杭州大学で物性物理学を専攻したが、この年に物理界で大きな出来事が起こった。IBMチューリッヒ研究所のアレックス・ミューラーとジョージ・ベドノルツが、従来より高い温度で超伝導の性質を持つ「高温超伝導」を発見した。これ以降、この高温超伝導は一種の学界フィーバーとして開発競争が世界的に行われ、中国でも趙忠賢の物理研究所が1987年2月に転移温度の世界記録を達成した。陳仙輝も、高温超伝導の研究を目指すことになった。

 陳仙輝は、杭州大学の指導教官と相談し、中国国内の超伝導研究でレベルが高い中国科学技術大学の研究室に赴き、共同研究を進めた。1989年に杭州大学から修士学位を取得後、中国科学技術大学に進学し、1992年に博士学位を取得した。

 陳仙輝は、卒業後も中国科学技術大学に留まり、物理学科の講師となって、引き続き高温超伝導の研究を行った。

外国でも研究を実施

 陳仙輝は、1993年に中国科学技術大学副教授に昇進した。1995年にはドイツのフンボルト財団から資金提供を受け、カールスルーエ研究センター、マックス・プランク固体物理学研究所で研究を行った。

 陳仙輝は、1998年に中国科学技術大学の物理系の教授に昇任した。その後も、日本の北陸先端科学技術大学院大学、米国ヒューストン大学テキサス超伝導センター、香港大学、シンガポール国立大学などで客員研究を行った。

鉄系超伝導で成果

 2008年に、世界の超伝導研究に新しい知見がもたらされた。日本の細野秀雄・東京工業大学教授による、鉄系超伝導材料の発見である。細野教授は、新しい半導体の作製を目指して開発を進め、LaFeAsO1-xFxという超伝導物質を発見した。
 細野教授らの研究成果を聞いた陳仙輝は、自らも鉄系超伝導材料の研究を行い、転移温度の向上競争で世界をリードした。

 陳仙輝はこの業績により、同じく遷移温度向上で活躍した中国科学院物理研究所の趙忠賢らとともに、2013年に国家自然科学賞一等賞を受賞した。受賞理由は、「40K以上の鉄系高温超伝導体の発見及びいくつかの基本物性研究」であった。

 さらに陳仙輝と趙忠賢の二人は、2015年にベルント・T・マティアス賞(Bernd T. Matthias Prize)を受賞した。同賞は、超伝導の重要な側面に革新的な貢献をした研究者に米国ベル研究所から授与される物理学の賞である。日本人受賞者は現在までに、前田浩・十倉好紀(1991年)、秋光純(2003年)、前野悦輝・細野秀雄(2009年)、清水克哉(2019年)の7名を数える。

未来科学大賞受賞

 陳仙輝は2023年8月に、香港の財団によって設立された未来科学大賞物質科学賞を、中国科学院物理研究所の趙忠賢と共に受賞した。陳仙輝の同賞受賞理由は、「鉄系超伝導体に関し、世界で初めて超伝導転移温度をマクミラン限界以上に引き上げ、鉄系超伝導体が非従来型高温超伝導体であることを証明した。それに加え、高温超伝導の物理的メカニズムについて体系的研究を行い、高温超伝導研究発展に寄与した」としている。

陳仙輝の未来科学大賞受賞写真
陳仙輝の未来科学大賞受賞 読創HPより引用

厳しいことで有名な教授 

 陳仙輝は、優れた研究者であると同時に優れた教育者であることも知られている。ただ、生徒には非常に厳しく叱責することもあるため「毒舌」と名付けられている。陳仙輝は、そのように呼ばれることを全く意に介していない。

 陳仙輝は、大学での講義について中国科学技術大学の恩師・呉杭生(吴杭生)教授に多くのことを学んだという。呉杭生は、1932年に浙江省杭州市に生まれ、復旦大学と北京大学を卒業して、1976年から中国科学技術大学の物理学科の教授として後進を指導した。1993年には中国科学院の院士に選ばれている。

陳仙輝の恩師・呉杭生の講義風景
恩師・呉杭生の講義風景  百度HPより引用

 陳仙輝は、呉杭生の勧めもあって大学に残って研究を続行したが、あるとき呉先生から大学の生徒たちに自分が担当している「熱力学・統計物理学」を将来講義することを考えてほしいと言われた。
 陳仙輝が了承すると、呉から自分の講義を3年の間聴講するように言われ、実際3年間出席した。その後、呉は陳仙輝を自宅に招き、今度は陳仙輝から自分に小さな黒板で講義してほしいと言われ、陳仙輝は2度にわたり呉に講義した。これらが終了して呉は漸く大学の講義担当者に陳仙輝を推薦し、陳仙輝が講義を行うこととなった。
 ところが、いざ陳仙輝が講義を始めると、その講義には呉の研究室の大学院生が必ず同席していて、講義の内容を呉に報告していた。最終的に呉は陳仙輝に対し非常に素晴らしい講義であると褒めてくれ、以降現在まで20年近くにわたって陳仙輝はこの「熱力学・統計物理学」の講義を大学で続けている。
 陳仙輝は、これらの経験を通じて、大学の講義に対する恩師・呉杭生の真剣さを学んだ。

 陳仙輝は、2015年に恩師・呉杭生と同様に、中国科学院院士に当選した。現在も、科学技術大学教授として研究と教育を続けている。

参考資料

・中国科学技術大学HP 我系陈仙辉院士荣获2023年“未来科学大奖” https://phys.ustc.edu.cn/2023/0822/c17720a610401/page.htm
・中国科学報HP 2023未来科学大奖得主陈仙辉:我已经没那么“毒舌”了,但是本性难移 https://baijiahao.baidu.com/s?id=1774970562047628212&wfr=spider&for=pc 
・新京報HP 未来科学大奖得主陈仙辉:证明铁基超导体是第二类高温超导体
https://baijiahao.baidu.com/s?id=1775479734073056774&wfr=spider&for=pc
・读创HP 2023年未来科学大奖揭晓!8位科学家分享超700万大奖,最年轻为90后
https://baijiahao.baidu.com/s?id=1774356804749931237&wfr=spider&for=pc
・未来科学大賞HP 2023 物质科学奖获奖人 陈仙辉
https://www.futureprize.org/cn/laureates/detail/71.html