はじめに
西北生態環境資源研究院(西北生态环境资源研究院、Northwest Institute of Eco-Environment and Resources)は、甘粛省蘭州市にある中国科学院の附属研究機関である。
中国の高山と乾燥地域を専門分野とし、氷河、永久凍土、砂漠などにおける生態学や石油・天然ガスなどの資源探査を研究している。
いくつかの研究所を統合してできた機関であるため、規模は中国科学院内で比較的大きいが、研究レベルは他の機関に比してそれほど高くない。西北地区(陝西省、甘粛省、青海省、寧夏回族自治区、新疆ウイグル自治区)にある研究機関の代表として取り上げた。
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1. 名称
○中国語表記:西北生态环境资源研究院 略称 西北研究院
○日本語表記:西北生態環境資源研究院
○英語表記:Northwest Institute of Eco-Environment and Resources 略称 NIEER
2. 所在地
西北生態環境資源研究院本部の所在地は、甘粛省蘭州市である。
甘粛省は中国大陸の北西に位置し、西に新疆ウイグル自治区、青海省、北に寧夏回族自治区、内モンゴル自治区、南に四川省、東に陝西省と接している。黄河が中央部を横断し、その西側は山岳に挟まれた狭く長い平地で、河西回廊と呼ばれている。河西回廊には武威、張掖、酒泉、敦煌などの都市が連なり、かつては西域への交易路であるシルクロードの一部であった。甘粛省の人口は約2,500万人である。
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蘭州市は、甘粛省のほぼ中央に位置し、海抜1,600mにあり、市内を黄河が東西に流れる。人口は約450万人である。甘粛省は中国最大級の石油埋蔵量があり、蘭州は石油精製、石油化学、鉄鋼などの工業都市として発展している。
3. 沿革
西北生態環境資源研究院は、2段階にわたる研究組織の統合により成立した。まず1999年に3つの組織が統合し、寒冷区干ばつ区環境・工学研究所が設立された。さらに2016年に3つの組織が統合し、西北生態環境資源研究院が設置された。
(1)寒冷区干ばつ区環境・工学研究所の成立
1999年、蘭州氷河凍土研究所、蘭州高原大気物理研究所、蘭州砂漠研究所の3つの研究組織が統合し、中国科学院・寒冷区干ばつ区環境・工学研究所(寒区旱区环境与工程研究所)が設立された。
①蘭州氷河凍土研究所
蘭州氷河凍土研究所(兰州冰川冻土研究所)の前身は、中国科学院が1958年に蘭州に設置した高山氷雪利用研究隊(高山冰雪利用研究队)である。その後1962年に、中国科学院内で附属研究所・地理研究所(現在の地理科学・資源研究所、在北京)の蘭州に置かれた研究室・氷河凍土研究室(冰川冻土研究室)となった。
さらに1978年に、中国科学院直轄組織として、蘭州氷河凍土研究所となった。
②蘭州高原大気物理研究所
蘭州高原大気物理研究所(兰州高原大气物理研究所)の前身は、中国科学院が1958年に蘭州に設置した地球物理研究所(在北京)の研究室・蘭州地球物理研究室(兰州地球物理研究室)である。翌1959年には、中国科学院地球物理研究所(現在の地質・地球物理研究所、在北京)の蘭州分室となった。
1974年には、中国科学院直轄組織として、蘭州高原大気物理研究所となった。
③蘭州砂漠研究所
蘭州砂漠研究所(兰州沙漠研究所)の前身は、中国科学院が1959年に蘭州に設置した砂漠管理科学考察隊(治理沙漠科学考察队)である。その後1962年に、中国科学院内で附属研究所・地理研究所(現在の地理科学・資源研究所、在北京)の蘭州に置かれた研究室・砂漠研究室(沙漠研究室)となった。
さらに1978年に、中国科学院直轄組織として、蘭州砂漠研究所となった。
(2)西北生態環境資源研究院の成立
2016年、西北地域の生態環境や資源についての研究強化を図るため、寒冷区干ばつ区環境・工学研究所を中心とし、蘭州石油天然ガス資源研究センター、蘭州文献情報センターが統合されて、西北生態環境資源研究院が設置された。
この際、青海省にある西北高原生物研究所と青海塩湖研究所(青海盐湖研究所)も西北生態環境資源研究院の傘下に置かれたが、2023年には再び中国科学院直属組織として独立した。
①蘭州石油天然ガス資源研究センター
蘭州石油天然ガス資源研究センター(兰州油气资源研究中心)の前身は、1960年に石油天然ガスに係わる地質研究を行うために蘭州に設置された中国科学院蘭州地質研究所(兰州地质研究所)である。2006年に蘭州石油天然ガス資源研究センターとなった。
②蘭州文献情報センター
蘭州文献情報センター(兰州文献情报中心)の前身は、1956年に蘭州に設置された中国科学院図書館蘭州分館(图书馆兰州分馆)である。その後何度か改名され、2014年に中国科学院蘭州文献情報センターとなった。
4. 組織の概要
(1)研究分野
西北生態環境資源研究院は、中国の高山と乾燥地域を専門分野としており、氷河、永久凍土、砂漠などにおける生態学や石油・天然ガスなどの資源探査を研究している。
(2)研究組織
①国家級の研究室・実験室
・凍土工学国家重点実験室(冻土工程国家重点实验室) 後述する
・冰凍圏科学国家重点実験室(冰冻圈科学国家重点实验室) 後述する
②中国科学院級研究室・実験室
・中国科学院砂漠・砂漠化重点実験室(中国科学院沙漠与沙漠化重点实验室)
・中国科学院内陸河川流域生態水文学重点実験室(中国科学院内陆河流域生态水文重点实验室)
・中国科学院寒冷地及び乾燥地地表プロセス・気候変動重点実験室(中国科学院寒旱区陆面过程与气候变化重点实验室)
③省級実験室・センター
・甘粛省祁連山生態環境研究センター(甘肃省祁连山生态环境研究中心)
・甘粛省寒冷地及び乾燥地ストレス生理・生態重点研究室(甘肃省寒区旱区逆境生理与生态重点实验室)
・甘粛省リモートセンシング重点実験室(甘肃省遥感重点实验室)
・甘粛省極限環境微生物重点実験室(甘肃省极端环境微生物重点实验室)
・甘粛省石油ガス資源探査・評価重点実験室(甘肃省油气资源勘探与评价重点实验室)
・甘粛省知識コンピューティング・意思決定知能重点実験室(甘肃省知识计算与决策智能重点实验室)
・甘粛省極限環境微生物遺伝子バンク(甘肃省极端环境微生物种质资源库)
・甘粛省高解像度地球観測システムデータ・応用センター(高分辨率对地观测系统甘肃数据与应用中心)
・甘粛省防災制御インテリジェント機器・ビッグデータ産業技術センター(甘肃省灾害防治智能装备及大数据行业技术中心)
(3)研究所の幹部
西北生態環境資源研究院の幹部は、院長、中国共産党委員会(党委)書記、副院長である。大学などでは、党委書記の方が学長より強い権限を有しているが、中国科学院の付属研究所の場合には所長・院長が最高責任者の場合が多い。
①馮起・院長
馮起(冯起)西北生態環境資源研究院院長は、1966年に陕西省榆林市で生まれ、1989年に陝西師範大学で学士の学位を、1992年に中国科学院蘭州砂漠研究所で修士の学位を、1995年にやはり蘭州砂漠研究所で博士の学位をそれぞれ取得し、1996年に蘭州冰川凍土研究所に入所した。1997年から2003年まで日本大学文理学部に客員研究員として在籍した。2019年に、西北生態環境資源研究院の党委書記となり、2022年から同院の院長を務めている。専門は寒冷地域および乾燥地域における生態環境の保護である。2021年に中国工程院院士に当選している。
②張長春・党委書記兼副院長
張長春(张长春)西北生態環境資源研究院党委書記は、副院長も兼務しており、西北生態環境資源研究院のナンバーツゥーである。張長春は、1969年に甘粛省永登で生まれ、1991年に南京化工学院(現在の南京工業大学)化学工学科で学士の学位を取得した後、中国科学院蘭州分院に勤務した。2023年に西北生態環境資源研究院党委書記兼副院長に就任した。
5. 研究所の規模
(1)職員数
西北生態環境資源研究院の2021年現在の職員総数は1,229名で、中国科学院の中では第12位に位置する(他の研究機関との比較の詳細はこちら参照)。1,229名の内訳は、研究職員が1,069名(87%)、技術職員(中国語で工員)が57名(5%)、事務職員が103名(8%)である。
(2)予算
西北生態環境資源研究院2021年予算額は5億8,987万元で、中国科学院の中では第30位以内に入っていない(他の研究機関との比較の詳細はこちら参照)。5億8,987万元の内訳は、政府の交付金が3億5,984万元(61%)、NSFCや研究プロジェクト資金が1億9,923万元(33%)、技術収入が512万元(1%)、その他が2,568万元(5%)となっている。
(3)研究生
2021年現在の西北生態環境資源研究院の研究生総数は633名で、中国科学院の中では第29位に位置する(他の研究機関との比較の詳細はこちら参照)。633名の内訳は、修士課程の学生が251名、博士課程の学生が382名である。
6. 研究開発力
(1)国家級実験室など
中国政府は、国内にある大学や研究所を世界レベルの研究室とする施策を講じている。この施策の中で最も重要と考えられる国家研究センターと国家重点実験室であり、中国科学院の多くの研究機関に設置されている(他の研究機関との比較の詳細はこちら参照)。上記組織の項でも述べたが、西北生態環境資源研究院は2つの国家重点実験室を有している。
・凍土工学国家重点実験室(冻土工程国家重点实验室):1989年に国の認可を受け研究を開始した。国内で唯一の凍土と寒地工学の基礎研究と応用研究を行っている。2021年現在で、正規研究員が74名、客員研究員が91名、研究生としてポスドク23名、博士学生67名、修士学生30名である。
・冰凍圏科学国家重点実験室(冰冻圈科学国家重点实验室):2007年に国の認可を受け研究を開始した。雪氷圏のプロセス、メカニズム、雪氷圏と他の層の間の相互作用などを研究する。2021年現在で、正規研究員が102名、客員研究員が27名、研究生としてポスドク28名、博士学生66名、修士学生37名である。
(2)大型研究開発施設
中国科学院は、同院や他の研究機関の研究者の利用に供するため大型の研究開発施設を有している。大型共用施設は、専用研究施設、共用実験施設、公益科学技術施設の3つのカテゴリーがある(中国科学院内の設置状況詳細はこちら参照)。西北生態環境資源研究院は、この大型共用施設・共用実験施設を有していない。
(3)NSFC面上項目獲得額
国家自然科学基金委員会(NSFC)の一般プログラム(面上項目、general program)は、日本の科研費に近く主として基礎研究分野に配分されており、中国の研究者にとって大変有用である。西北生態環境資源研究院のNSFCの獲得資金額は、2021年2,137万元(件数は35件)であり、中国科学院の中では第7位に位置する(他の研究機関との比較の詳細はこちら参照)。
7. 研究成果
(1)Nature Index
科学雑誌のNatureは、自然科学系のトップランクの学術誌に掲載された論文を研究機関別にカウントしたNature Indexを公表している。Nature Index2022によれば、西北生態環境資源研究院は中国科学院の中で20位までに入っておらず、ランキング外である(他の研究機関との比較の詳細はこちら参照)。
このNature Index に関し、中国の主要大学のそれと比べると高くない。中国の主要大学のNature Indexによるランキングは、こちらを参照されたい。
(2)SCI論文
上記のNature Indexはトップレベルの論文での比較であり、より多くの論文での比較も重要である。しかし、中国科学院は各研究所ごとの論文数比較を出来るだけ避け、中国科学院全体での比較を推奨している。このため、SCI論文などで研究所ごとの比較一覧はない。
ただ、研究所によっては自らがどの程度SCI論文を作成しているかを発表している。西北生態環境資源研究院もその一つであり、2021年で合計989 件のSCI論文を発表している。
なお、1年間で989件という数字を中国の主要大学のそれと比較すると、清華大学、北京大学、上海交通大学などが1年間で、SCI論文を約1万件前後発表しており、中国の主要大学と比較するとそれほど大きなものではない。
(3)特許出願数
2021年の西北生態環境資源研究院の特許出願数は243件で、中国科学院内の20位までを示した比較(こちら参照)でランキング外である。
(4)成果の移転収入
2021年の西北生態環境資源研究院の研究成果の移転収入は、中国科学院内の10位までを示した比較(こちら参照)でランキング外である。
(5)両院院士数
中国の研究者にとって、中国科学院の院士あるいは中国工程院の院士となることは生涯をかけての夢となっている。2024年2月時点で西北生態環境資源研究院に所属する両院の院士は5名であり、中国科学院内のランキング外である(他の研究機関との比較の詳細はこちら参照)。
○中国科学院院士(4名):程国栋、秦大河、姚檀栋、赖远明
○中国工程院院士(1名):冯起。
8. 特記事項
(1)西北地域における中国科学院内の研究機関
中国科学院内の研究機関を選定する際に、西北地域から1つだけ選んだのが、これまで述べてきた「西北生態環境資源研究院」である(選定方法の詳細についてはこちら参照)。
ただ、中国の西北地域は広大であり属する省・自治区は、陝西省、甘粛省、青海省、寧夏回族自治区、新疆ウイグル自治区の5つを数える。
中国科学院は、寧夏回族自治区を除いた西北地域の4つの省・自治区に、西北生態環境資源研究院を含めて次の10か所の研究機関を有している。
○陝西省(3)
・国家標準時センター(国家授时中心)
・西安光学精密機械研究所(西安光学精密机械研究所)
・地球環境研究所(地球环境研究所)
○甘粛省(3)
・近代物理研究所
・蘭州化学物理研究所(兰州化学物理研究所)
・西北生態環境資源研究院(西北生态环境资源研究院)
○青海省(2)
・青海塩湖研究所(青海盐湖研究所)
・西北高原生物研究所
○新疆ウィグル自治区(2)
・新疆生態・地理研究所(新疆生态与地理研究所)
・新疆理科技術研究所(新疆理化技术研究所)
ここでは、既に上記で取り上げた西北生態環境資源研究院(紫太字)に加え、黒太字の西安光学精密機械研究所、近代物理研究所、蘭州化学物理研究所、国家授時センターを簡単に紹介する。
(2)西安光学精密機械研究所
西安光学精密機械研究所(西安光学精密机械研究所、Xi'an Institute of Optics and Precision Mechanics:XIOPM)は、中国の核兵器開発に関連する研究として、核実験計測装置や耐放射線材料などの研究を目的として、国務院第二機械部と中国科学院により1962年に西安に設置された。現在同研究所は、光科学、光エレクトロニクス、航空宇宙、先端製造などの研究を行っている。
全体の職員数は985名(2021年)で中国科学院内で第16位であり、また研究費は11億8,027万元(2021年)で中国科学院内で第20位と、比較的規模の大きな研究機関である。中国科学院の他の機関との比較は、こちらを参照されたい。

(3)近代物理研究所
近代物理研究所(Institute of Modern Physics:IMP)は、周恩来首相の指示により1957年に蘭州に設置された。核物理学、放射線生物学、核物質プロセス技術、再処理技術、原子力材料学、同位体研究、粒子加速器その他の研究を行っている。
全体の職員数は923名(2021年)で中国科学院内で第19位であり、また研究費は7億4,581万元(2021年)で中国科学院内で第30位以内には入っておらずランク外である。中国科学院の他の機関との比較は、こちらを参照されたい。
近代物理研究所は、中国科学院の専用研究施設として蘭州重イオン研究装置(兰州重离子研究装置)を設置運営しており、またこの加速器をベースに蘭州重イオン加速器国家実験室(兰州重离子加速器国家实验室)が置かれている。

(4)蘭州化学物理研究所
蘭州化学物理研究所(兰州化学物理研究所)は、遼寧省大連にあった中国科学院石油研究所(現在の大連化学物理研究所)により1958年に設置された蘭州分室が母体である。蘭州分室には、触媒化学、分析化学、潤滑材料の3つの研究室が置かれた。1962年には、中国科学院直属の研究機関・蘭州化学物理研究所となった。現在は、資源・エネルギー、新素材、生態学、健康分野などの研究を行っている。
全体の職員数は667名(2021年)研究費は4億9,993万元(2021年)で、いずれも中国科学院内で第30位以内には入っておらずランク外である。中国科学院の他の機関との比較は、こちらを参照されたい。
蘭州化学物理研究所は、オキソ合成・選択的酸化国家重点実験室(羰基合成与选择氧化国家重点实验室)、固体潤滑剤国家重点実験室(固体润滑国家重点实验室)を設置・運営している。
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(5)国家標準時センター
国家標準時センター(国家授时中心)は、1966年に陝西省西安に設置された陝西天文台が前身であり、中国国内の標準時や標準周波数を提供する業務を1986年から行っている。
全体の職員数は519名(2021年)研究費は5億1,578万元(2021年)で、いずれも中国科学院内で第30位以内には入っておらずランク外である。中国科学院の他の機関との比較は、こちらを参照されたい。
国家標準時センターは、中国科学院の公益科学技術施設として長短波標準時提供システム(长短波授时系统)を設置運営している。
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参考資料
・中国科学院統計年鑑2022 中国科学院発展企画局編
・中国科学院年鑑2022 中国科学院科学伝播局編
・中国科学院HP https://www.cas.cn/
・西北生態環境資源研究院HP https://nieer.cas.cn/
・西安光学精密機械研究所HP https://opt.cas.cn/
・近代物理研究所HP https://www.imp.cas.cn/
・蘭州化学物理研究所HP http://www.licp.cas.cn/
・国家標準時センターHP http://www.ntsc.cas.cn/