はじめに
華中農業大学 (华中农业大学) は、湖北省武漢市にある教育部直属の大学であり、政府の重点大学の1つである。
1952年の院系調整で、武漢大学農学院、湖北農学院、中山大学など6つの大学の農学部が合併して成立した「華中農学院」が前身であり、1985年に「華中農業大学」に改称された。
双一流学科の建設で、生物学、園芸学、畜牧学、獣医学、農林経済管理学の5学科が選定されている。
1. 名称と所管
(1)名称
・中国語表記 华中农业大学 略称 华农、华中农大
・日本語表記 華中農業大学
・英語表記 Huazhong Agricultural University 略称 HZAU
(2)所管
国務院教育部の直轄大学である。新中国建国後、農業部の所管であったが、2000年に教育部に移管された。
2. 本部の所在地
メインキャンパスは、湖北省武漢市洪山区獅子山街1号にある。
なお、武漢市には、中国の有力大学である武漢大学と華中科技大学があり、また医学関係では華中科技大学同済医学院がある。
3. 沿革
(1)発端は湖北農務学堂
華中農業大学の前身は、この地域の総督・張之洞が1898年に清朝政府の許可を得て、武昌(現在の武漢市の一部)に設立した「湖北農務学堂(湖北农务学堂)」である。同学堂の初代の校長が米国コーネル大学農学部出身の米国人であったことから、同学堂の目指すモデルはコーネル大学であった。
1903年には名称を湖北高等農業学堂とし、同学堂には日本から十数名の農学者が招聘されたと言う。しかし、辛亥革命の勃発に伴い、同学堂の校舎は火災に遭い、閉校となった。
(2)湖北省立甲種農業学校と再建再建
革命後の新政府により、湖北高等農業学堂は「湖北省立甲種農業学校(湖北省立甲种农业学校)」として再建された。
同校はその後、湖北高級農業学校、省立郷村師範学院、湖北省立教育学院、湖北省立農業専科学校、湖北省農学院などと名称を変更した。
1937年に盧溝橋事件を発端として日中戦争が始まり、翌1938年に校舎のあった武漢が日本軍に占領されてしまった。このため、同校は湖北省の山岳地帯にある恩施五峰山に疎開し、教育を続行した。
1945年に日本軍が第二次世界大戦に敗北すると、同校は武昌に戻り、教育を再開した。
(3)院系調整で華中農学院に
1949年に中華人民共和国が建国され、1952年に旧ソ連型の大学システムを参考とした大学・学部の統合再編政策である院系調整が実施された。湖北省農学院は、武漢大学農学院、湖北農学院、中山大学など他の5つの大学の農学部と合併して「華中農学院(华中农学院)」となった。
その後、大学院などの設置を進めるとともに、外国からの留学生の受け入れも開始した。
(4)華中農業大学へ
1985年には、大学名を華中農学院から「華中農業大学(华中农业大学)」とし、これが現在に続いている。
同大学は農学だけではなく、理学、工学、文学、法学など他の分野の学部学科を多く有しており、農学を中心とした総合大学に近い。
2005年には、政府の大学重点化施策である211工程の大学に選定された。
4. 規模
(1)学生数
学生の規模は2021年時点で、学部学生数18,906名(主要大学中第64位)、大学院生数11,878名(主要大学中第65位)である。中国の他主要大学との比較は、こちらを参照されたい。
(2)教職員
大学のHPによれば、2023年時点での教職員数は3,010人であり、教師数は1,704人である。
(3)学部と学科
大学のHPによれば、2023年時点での学院(学部)は17、学科数は64である。
学院の主なものは、食品科学技術学院、植物科学技術学院、園芸林学学院、動物科学技術学院、動物医学院、水産学院、生物医学・健康学院、生命科学技術学院、理学院、文法学院、工学院、資源・環境学院、情報学院、公共管理学院などである。
(4)双一流学科建設
中国は2017年に、国内の大学とその学科を21世紀半ばまでに世界一流とすることを目標とする政策(双一流政策)を開始した。2022年に改訂された双一流学科建設において、華中農業大学は全体で以下の5学科が選定されている。
生物学、園芸学、畜牧学、獣医学、農林経済管理学。
(4)全国重点実験室
華中農業大学は、次の3つの全国重点実験室を有している。
○作物遺伝改良全国重点実験室(作物遗传改良全国重点实验室)
○農業微生物資源発掘・利用全国重点実験室(农业微生物资源发掘与利用全国重点实验室)
○青果園芸作物種質創新・利用全国重点実験室(果蔬园艺作物种质创新与利用全国重点实验室)
参考資料
・華中農業大学HP https://www.hzau.edu.cn/