本記事は、一般財団法人霞山会が発行する中国・アジア問題専門誌「東亜」2021年9月号に掲載された「中国の宇宙開発の歩みとその特徴」を、一部修正して掲載するものである。

はじめに

 近年、活発な活動を続ける中国の宇宙開発について、その歴史、具体的な活動、宇宙開発の担い手、米国や欧州などとの比較、中国の宇宙開発の特徴を述べた上で、今後の対応を記したい。

1 中国の宇宙開発の歴史

 中華人民共和国の建国直後に勃発した朝鮮戦争において、マッカーサー国連軍総司令官が中国に対して核兵器の使用をトルーマン大統領に進言したことを毛沢東は非常に深刻に受け止め、核兵器やミサイルの開発政策である「両弾一星」政策の開始を命じた。両弾とは原水爆および弾道ミサイルを指し、一星とは人工衛星を指す。

 1964年に核弾頭を装備したミサイルを打ち上げて核実験に成功し、1970年に人工衛星・東方紅1号を打ち上げて両弾一星を完成させた。

 文化大革命が終了した1976年以降は、長征ロケットの開発をシリーズ的に進め、民生利用のための人工衛星の開発と打ち上げを活発化させた。

 さらに1999年に宇宙船・神舟1号を打ち上げ、その後2号から4号まで無人での実験を着実に進めた後、2003年に中国初の宇宙飛行士楊利偉の乗った神舟5号の打ち上げに成功した。

 宇宙探査などの科学的な目的の開発も、近年嫦娥計画などに基づき積極的に進めている。2007年に月探査機・嫦娥1号を打ち上げ、月面の観測を実施した。その後、月への軟着陸や、無人探査機の走行、米国も実施していない月面の裏側への着陸などを次々と成功させている。

 このほかにも、2016年に世界初の量子通信衛星・墨子を打ち上げている。

2 中国の宇宙開発活動

(1)ロケットと発射場

 中国では、両弾一星で開発したミサイル技術を転用した長征ロケットが主力である。現在実用に供されている長征シリーズは、長征2号、3号、4号、5号、6号、7号、8号、11号である。このうちで、現在最も注目されるのは、超大型の長征5号であり、今後の中国宇宙活動のメインを担うと考えられる。

 さらに現在開発中の長征9号は、中国最大のものであり、米国のアポロ計画で活躍したサターンⅤ型の性能を超える予定である。2028年頃に初号機を発射する計画で、これにより月への有人飛行・着陸を目指すことになる。

 中国では、元々軍事的な目的から宇宙開発が進められ、さらに東西冷戦や中ソ対立などの影響を受けて、ロケットの打ち上げ射場は内陸部に設置された。しかし冷戦終了後は、沿岸部にも建設されるようになった。

 現在運用中の打ち上げ射場は酒泉、太原、西昌、文昌の4地点、宇宙船などの着陸場は四子王旗の1地点であり、地理的な位置は図のとおりである。これらは、人民解放軍が所管し運用している。

(2)人工衛星の利用

 宇宙において様々な利用に供するのは人工衛星である。

 人工衛星の打ち上げによる宇宙の利用が開始されて以来、最も活用されているのが通信・放送分野である。通信も放送も、元々電波により顧客や家庭に届けられるものであり、より遠くへ届けるために宇宙を利用しようとするのが衛星を用いた通信放送技術である。中国では、1984年に通信技術試験衛星・東方紅2号の打ち上げに成功して以降、国所有、通信会社所有、軍事目的などの用途で、多くの通信・放送衛星を打ち上げている。

 人工衛星の利用分野として、近年注目されているのが航行測位分野である。これは、人工衛星を用いて自らの地球上での位置を特定したり、自動車、飛行機、船舶などの航行を手助けしたりするもので、米国のGPSがその代表である。中国は、GPS やロシアのグロナスと同様に地球全体をカバーする北斗システムを2020年に構築している。北斗は、合計35機の衛星群より構成され、世界中にサービスを提供している。中国は、北斗の海外展開に強い意欲を持っており、国内で販売される測位機器に対して、北斗から発せられる信号の受信機能を装備することを義務付けている。また、米国クアルコム社やブロードコム社などの大手メーカーも、北斗の信号が受信可能なスマホ用などの測位チップを開発している。このため、北斗の恩恵を受けやすい東南アジア諸国を中心に、GPSなどと並んで世界的に利用されている。

 人工衛星による気象観測は、宇宙から地球表面の大気の状況を観測するものであり、日本でも天気予報などに気象衛星・ひまわりが活躍している。中国での気象衛星の開発は、他の衛星利用分野に比較して早く、文化大革命終了直後の1977年に開始されている。中国の気象観測衛星は風雲シリーズと呼ばれ、極軌道衛星と静止衛星を複数組み合わせて、気象観測が実施されている。

 人工衛星の利用では、他国の軍事基地などを宇宙から撮影し、それを地上で分析するという偵察衛星の需要が、開発当初から重要な地位を占めてきた。中国は、元々軍事目的の両弾一星政策から始まっていることや、開発を担う組織が人民解放軍の関係機関が中心であったことなどにより、地球表面の観測も軍事優先あるいは軍民両用が基本的な考え方であった。1975年に中国は、初めての回収式衛星の打ち上げに成功した。衛星にはカメラを搭載しており、その衛星のカプセルを地上で回収し、撮影したフィルムを取り出すものであった。写真を撮り終えた後、カプセルは軌道から離脱し、レトロエンジン(逆推進ロケットエンジン)により減速して大気圏に入り、最終的にはパラシュートで地上に戻るというシステムである。現在でも、このような軍事目的の観測は続けられている。

 それ以外の地球表面を観測する衛星として、中国は遥感シリーズによる衛星を多く打ち上げている。遥感は中国語でリモートセンシングを意味し、科学実験、国土資源調査、作物収量評価、災害モニタリングなどに使用される。

(3)有人宇宙技術

 1992年4月に中国は、独自の有人宇宙計画をスタートさせた。中国はロシアと交渉し、ソユーズ宇宙船の技術提供を受けた。ただし、開発された中国版宇宙船・神舟は、ソユーズと全く同一のものではなく、例えば神舟は全体的に大きく宇宙飛行士の居住空間が広くなっている点や、宇宙飛行士の代わりに宇宙実験装置が搭載できる点など、様々な工夫が凝らされた。

 1999年の神舟1号の打ち上げ成功以降、中国は有人宇宙開発を着実に進めた。神舟2号では、宇宙船の生命維持装置をテストするため、サルとイヌとウサギ各1匹を搭乗させた。神舟3号では、脈拍、呼吸、食事、代謝といった人間の生理現象を模した機能を備えたダミーの人形を搭載した。神舟4号の打ち上げは有人宇宙飛行へ向けての最終試験と位置づけられ、寝袋、食品など有人飛行に必要な装備がすべて積みこまれた。生命維持システムのテストのため、2体の宇宙飛行士のダミー人形も乗せられた。

 これらの成果を踏まえ、中国初めての宇宙飛行士となる楊利偉を乗せた神舟5号は、2003年10月に酒泉衛星発射センターから打ち上げられ、地球を14周回して内モンゴルの四子王旗に着陸した。中国は、欧州主要国や日本を追い抜き、ロシア、米国に次いで世界第3番目となる有人宇宙飛行技術を手に入れた。

 以降、中国は2022年11月の神舟15号まで、合計10回の神舟打ち上げを行っている。その間に、宇宙飛行士の搭乗人数を増やしたり、宇宙遊泳を実施したりしている。最近では、中国独自の宇宙ステーション・天宮の建設を念頭に置いた打ち上げが中心となっている。天宮のコアとなるモジュールは天和と呼ばれ、それに2つの実験モジュールが追加されて完成する。打ち上げ用のロケットは、長征5号が使用され、建設段階や完成後の運用段階で用いられる有人飛行船は引き続き神舟であり、また物資運搬船には天舟が用いられる。天宮は2022年末に完成し、2023年から本格運用に入った。

(4)宇宙科学

 宇宙開発というとロケットや人工衛星の利用がすぐに頭に浮かぶが、宇宙の真理を探求しようとする天文学などの宇宙科学も重要である。

 中国の宇宙開発は、初めに両弾一星政策による軍事技術の開発があり、それが一段落したところで実用的な通信利用や地球観測が行われ、科学的、学術的な天文探査などは遅れてスタートしている。

 しかし最近では、2000年に開始された月探査計画である嫦娥計画が、かなり画期的な成果を生み出しつつある。嫦娥計画は、大きく探査計画、着陸計画、滞在計画の3段階に分かれており、現在第1段階の月軌道の周回、探査機の着陸、月のサンプルリターンが、ほぼ終了している。この中では、2018年末に打ち上げられた嫦娥4号による月の裏側への軟着陸は、米国も実施していない画期的とも言える探査であった。

 今後中国は、宇宙飛行士を月面に送り各種実験を行うことを計画しており、その成果を踏まえて、月面に基地を建設し、宇宙飛行士を長期間滞在させることも想定している。月に人間を着陸させた国は、アポロ計画による米国しかなく、成功すれば世界で2番目の国となる。しかし、そのためには例えばより巨大な打ち上げロケット・長征9号の開発等、クリアすべき課題が多い。

 一方、月探査以外の科学探査も活発であり、2015年には高エネルギーのガンマ線、電子線、宇宙線などを測定し、ダークマターを探査する科学衛星・悟空を世界に先駆けて打ち上げ、また、2021年には火星に探査機・天文1号を接近させ、探査車・祝融を着陸させることに成功している。

3 宇宙開発の担い手

 中国において宇宙開発に携わっている主な組織を紹介する。

 国務院にある国家国防科技工業(SASTIND))は、原子力、航空、宇宙、通常兵器、船舶、電子などの国防先端技術産業を所管しており、後述する中国航天科技集団有限公司、中国航天科工集団有限公司などの巨大な国営企業を傘下に有している。

 国家航天局(NSA)は、宇宙開発分野における外国や国際機関との協力・調整を行う国務院の機関である。数年ごとに作成される中国の宇宙白書を刊行している組織でもある。

 中国航天科技集団有限公司(CASC)は、中国の宇宙開発計画における中心企業であり、打ち上げロケット、人工衛星、宇宙船などの設計・開発および製造を行うとともに、ミサイルシステム、地上機器などの国防関連機器の設計・開発および製造も行っている。また国際市場において商用衛星発射のサービスも提供している。同公司の職員数は17万人に達する。

 中国航天科工集団有限公(CASIC)は、「科学技術により軍を強化し、宇宙開発により国に報いる(科技強軍、航天報国)」を使命とし、国防産業の科学技術の中核として、国防ミサイルシステム、固体ロケット、宇宙関連装備品の開発を行う企業である。同公司の職員数は14万人に達する。

 人民解放軍の戦略支援部隊は、宇宙、サイバー空間、無人機など、現代戦に不可欠な分野の後方支援部隊である。戦略支援部隊の中に、宇宙開発を担当する航天系統部がある。航天系統部が所管している業務は、ロケットの打ち上げ、衛星等の追跡管制、宇宙関連研究開発、宇宙飛行士の養成訓練である。すでに図で示した酒泉、太原、西昌、文昌の衛星発射センターは、この航天系統部の下部組織である。

 戦略支援部隊直轄の組織として人民解放軍航天員大隊がある。航天員とは、中国語で宇宙飛行士のことである。中国の有人飛行計画である神舟計画が1992年にスタートした後、宇宙飛行士候補者の選定作業が行われ、1998年に14名の隊員により発足した。

 中国科学院は、職員数で約7万名、予算額で約1兆円と世界最大級の研究開発機関である。中国の宇宙開発は両弾一星政策に始まるが、弾道ミサイルや人工衛星の開発そのものは人民解放軍や宇宙開発機関が中心であったものの、中国科学院は基礎的な科学技術知識の供与、関連人材の供給、関連装置等の開発において多大な貢献を果たしている。現在においても、中国科学院の多くの研究所で宇宙搭載機器の開発などが進められている。

4 各国の宇宙技術力比較

 以上のような宇宙開発主要国と中国の宇宙活動を踏まえ、それぞれの国の宇宙技術力を比較してみたい。

(1)宇宙開発資金の国際比較

 まず宇宙開発予算であるが、少し古いが米国の宇宙財団(Space Foundation)発行の「宇宙報告書2017(The Space Report 2017)」で2017年の各国宇宙開発予算を見ると、次のとおりとなっている(ドルベースの元データを円換算している)。
   ①米国 NASAと国防総省を合わせ約4兆7,000億円
   ②欧州 ESA(欧州宇宙機関) だけで約6,200億円
   ③中国 約4,600億円
   ④日本 約3,200億円
   ⑤ロシア 約1,700億円

 このように、米国が圧倒的であり、欧州、中国、日本、ロシアと続いている。しかし、中国の場合には軍事目的のものが入っていない可能性が高く、また人民解放軍が担当している打ち上げ業務、追跡管制業務、有人飛行業務などは他の宇宙主要国と違ってコストに算定されていない。現在の中国の宇宙活動の活発さを見れば、米国には少ないものの欧州を超えた資金が宇宙開発に投入されている、と考えるのが妥当である。

(2)主要国の宇宙活動状況

 では、宇宙開発主要国の現状はどうか、概観したい。中国は次項に述べる。

 米国は、宇宙開発の技術力において世界一であり、当分この座は揺らがないと思われる。米国の強さの理由として、これまでの宇宙開発の実績、宇宙開発資金の豊富さ、斬新なアイディアを産み出し実現するシステム、安全保障を最重要任務と考える国の政策、科学技術や産業技術レベルの全般的な高さなどを挙げることができる。旧ソ連によるスプートニクの打ち上げやガガーリンの初有人宇宙飛行などで、屈辱的な敗北を味わった米国は、アポロ計画などによりソ連を完全に圧倒した。人工衛星を用いた宇宙利用においても、通信放送、航行測位、気象観測、地球観測などのあらゆる分野でその先鞭をつけている。さらに各国がほとんど行っていない太陽系の外惑星などの探査や、高性能なハッブル望遠鏡を宇宙に据えるという画期的な手段で、世界の宇宙科学を牽引してきている。

 欧州は、総合力で優れている。欧州の場合、フランス、ドイツ、英国、イタリアなど、いずれも1か国ではロシア、日本、中国などの国に劣ると考えられるが、ESAとして資金や人材を共有できている。宇宙市場規模も1か国では中国や日本などに劣るものの、欧州全体では米国をも凌駕する。欧州には科学技術や産業技術の歴史と蓄積があり、これがロケットや人工衛星の開発において、米国に劣らない競争力を有している理由となっている。また、ESAとは別にフランスなど各国が、自国の宇宙開発機関で軍事的な開発を独自に進めている点にも注意を払う必要がある。

 ロシアは旧ソ連として宇宙開発の先鞭を付けた国であり、その後も宇宙開発のいくつかの場面で米国を凌駕した実績も有している。しかし、ソ連が崩壊し経済的に不況に陥ったため、宇宙活動の縮小を余儀なくされた。プーチン大統領の登場と資源価格高騰によりロシア経済は持ち直したが、宇宙開発への投資は増加していない。現在のロシアの宇宙開発にとって、スプートニク以来の圧倒的な蓄積が財産となっている。ロシアの宇宙技術を評して枯れた技術と呼ぶ人が多いが、これまでの蓄積に大きく依存しているからである。現在のロシアの経済規模は小さいが、それでも軍事技術開発はそれなりの規模となっている。しかし、将来にわたって、米国や中国、あるいは欧州全体と競争していくには、資金面で足りないと考えられ、さらに2022年のウクライナへの侵攻が、宇宙開発に大きなダメージを与える可能性が高い。

 日本は、欧州と並んで総合力は高いと評価されている。研究開発資金が少ないにもかかわらず総合力で優れているのは、日本の科学技術や一般産業の技術力の強さによる。例えば人工衛星バスや通信放送衛星などを設計・製造する場合の部品や材料で、世界的にも競争力のあるメーカーが日本国内に多く存在している。また、科学分野のレベルも高く、近年のはやぶさやはやぶさ2の宇宙での活躍は世界を唸らせた。日本の大きな課題は宇宙開発規模である。米国はもちろん、欧州、中国に比較して研究開発資金や市場の規模が小さい。ロシアのウクライナ侵攻や中国の強権的な外交姿勢により日本の安全保障環境が激変しており、それに伴って安全保障の観点から宇宙開発の見直しが進んでいることから、これによる資金や人材の大幅増加が期待されるところである。

5 中国の宇宙開発の特徴

 次に筆者の個人的な見解として、中国の宇宙開発における特徴を述べたい。

(1)技術力の評価

 中国は、両弾一星政策に基づき、ロケットと人工衛星の開発に成功し、軍事的な開発の成功を民生用に転化させ、経済的な発展を受けて、世界で3番目となる有人宇宙飛行技術を有するに至った。現在の経済発展が今後とも続けば、宇宙開発活動の急激な拡大が続き、欧州を遥かに凌駕することも想定される。

 しかし米国との距離は大きく、米中間での本格的な宇宙開発競争となるのはもう少し先のことであろう。ただ宇宙開発力が非対称であっても、安全保障的な懸念は存在しうることに留意すべきである。

(2)強み

 中国の宇宙開発における現在の最大の強みは、研究開発資金の豊富さであろう。中国の経済発展は20世紀末に始まり、21世紀に入って加速した。ここ数年は成長率が鈍化し、中国指導部自らが経済状況を「ニューノーマル(新常態)」と呼ぶ状況にあるが、それでも政府発表の成長率が欧米や日本より高い状況が続いている。
 このような経済の拡大発展を受け、中国の宇宙開発を含む研究開発費の増加は、急激かつ膨大である。宇宙開発の資金に国防的な資金が入ってくることも、中国の宇宙開発費の急激な増大につながっている。中国の経済の驚異的な発展は、科学技術投資だけではなく国防関連経費の急激な増大をもたらしており、中国の宇宙開発経費が急激に増大している要因となっている。

 2つ目の強みは圧倒的なマンパワーである。現在の中国の宇宙開発は、マンパワーの点でも極めて恵まれた状況にある。経済発展前の中国は、科学技術人材王国ではなかった。さらに、文化大革命の期間は科学者・技術者などの人材を否定するものであったため、ほとんど科学者・技術者が育成されなかった。
 文化大革命が終了し、中国の経済発展が進行するに従って状況が大きく変化し2000年代に入り急激に中国の研究開発人材の数が増大を始める。一般科学技術でみると、2000年で70万人前後と日本と同等であった研究者数が、2018年現在で約190万人を数え、米国の約140万人、日本の約70万人を抜いて世界一となっている。
 中国の宇宙開発においては、すでに述べたように中国航天科技集団有限公司および中国航天科工集団有限公司の2つの巨大国営企業があり、それぞれが多くの研究所や企業を有している。例えば、中国航天科技集団有限公司の傘下には、ロケットの長征シリーズを開発・製造している中国運載火箭技術研究院や、各種の人工衛星を開発・製造している中国空間技術研究院があり、それぞれ約3万人の職員を有している。

 急激に拡大する宇宙関連市場も中国の強みである。中国の現在の経済規模は世界第2位であり、第3位の日本の2.5倍で第1位の米国に近づきつつある。中国の市場の大きさは、例えば自動車、産業機械、エネルギー産品などあらゆる面で米国に準ずるものとなっている。このような巨大な市場は、宇宙開発にも大きな影響力を及ぼしており、米国や欧州諸国に後れを取っていた民生用の宇宙関連のビジネスは、今後飛躍的に拡大する可能性が高い。

(3)課題

 中国の宇宙開発の課題としてまず挙げなければならないのは、貧弱な宇宙科学活動である。米国、ロシア、欧州などと比較して、宇宙科学での蓄積が圧倒的に少ない。近年になり、中国でも宇宙科学活動は活発化しつつある。嫦娥計画による月探査や、ダークマターを探索するための人工衛星・悟空などがそれに当たるが、まだ米国、ロシア、欧州などの先行国を唸らせるほどの成果に至っていない。中国では、衛星や宇宙船の打ち上げなどのハードの開発が先行し、科学者のボトムアップの研究意欲を糾合してのプロジェクトになっていないと考えている。

 もう1つの中国の課題は、オリジナリティの不足である。中国の宇宙開発では、目標をきちんと決め着実に実施されていくが、内容的には米国や旧ソ連、さらには欧州や日本でなされたものを、時間をずらしてなぞっているに過ぎないという感じを持つ。中国の宇宙開発では、いまだにオリジナルな研究開発が行われていない。
 オリジナリティが発揮できるようになるには、中国社会における研究開発の歴史と科学文化の蓄積が必要である。文化大革命以降極めて短期間に立ち上がった中国において、オリジナリティを支える研究開発の蓄積がまだ足りないのであろう。この点は時間が解決してくれる問題とも考えられ、将来それ程遠くない時期に、オリジナルと評価される中国の宇宙開発が続々と出現すると期待したい。

6 中国の宇宙開発への対応

 現在の中国は将来の自国の経済発展に自信を深めており、また、宇宙では米国に対抗すべく様々な分野で活動を活発化させている。今後とも中国の経済発展が続くとして、日本や西側諸国は拡大する中国の宇宙開発活動をどの様に捉え、どの様に対応すべきであろうか。

 各国の宇宙開発を規定する国際的な取り決めとして宇宙条約があり、宇宙空間の領有の禁止や宇宙平和利用の原則などが定められ、主要国は中国も含めて全てこの条約に加盟している。しかし、この条約での制約はそれほど厳しいものではない。中国はかつて2003年に衛星破壊実験を実施し、宇宙空間に膨大なスペースデブリを発生させた。衛星破壊実験そのものは宇宙条約の禁止対象ではなく、かつて米ロも実施したことがあるが、民生用の宇宙活動の活発化に伴い自粛してきた経緯がある。軍事利用を優先的に進めてきた中国は、宇宙空間での軍事的な優越性確保を念頭に、世界の宇宙開発にとってマイナスとなるような乱暴な行動をとる可能性は否定できない。

 これまでの宇宙開発では、米国と旧ソ連が激しく争い、安全保障的にも大きな懸念を各国が抱いた時期もあった。米国のレーガン大統領は、西側諸国の結束を目指してソ連に対抗すべく宇宙ステーション・フリーダムを構想した。しかし、ソ連の崩壊を受けて、米国は国際宇宙ステーションとして構想を変え、ロシアを参加させることとした。これにより従来は秘密のベールに包まれていたロシアの宇宙開発活動がある程度透明化され、結果として安全保障上の懸念も和らいだ。ただロシアのウクライナ侵攻を受けて、ロシアが国際宇宙ステーションから脱退する動きが見られることは注意を要する。

 中国は、国際宇宙ステーションの構築後に活動を活発化させたため、この構想に関与しておらず、独自で宇宙ステーションを建設している。習近平政権は一帯一路政策を強く打ち出しており、独自の宇宙ステーションが関係国の宇宙飛行士誕生をサポートすることなどで同政策に貢献することを期待している。

 一方米国は、これまで中国との宇宙開発分野での協力に関し、一貫して否定的であった。さらにトランプ政権以降、一般科学技術の米中協力についても否定的な動きが目立つ。しかし、このままでは中国宇宙活動の安全保障上の懸念は増大する一方である。

 日本は、欧州諸国とともに米国と協議し、中国の乱暴な宇宙活動について一致して対抗するとともに、国際宇宙ステーションにロシアを巻き込んだ先人の知恵を活かして、中国の宇宙開発の意図と現状をできる限り透明化させる努力を続ける必要があろう。

参考

 以上の内容について、より詳しくは、次のHPを参照されたい。
 https://china-science.com/space/