はじめに

 上海光学精密機械研究所 は、上海市にある中国科学院の附属研究機関である。

 強力レーザー技術、宇宙レーザー通信と周波数技術、量子光学、光学材料などの研究開発を行っている。

上海光学精密機械研究所の写真
上海光学精密機械研究所  同研究所HPより引用

1. 名称

○中国語表記:上海光学精密机械研究所  略称 上海光机所
○日本語表記:上海光学精密機械研究所
○英語表記:Shanghai Institute of Optics and Fine Mechanics  略称 SIOM

2. 所在地

 上海光学精密機械研究所本部の所在地は、上海市嘉定区清河路390号である。嘉定区は上海市内の中心部から北に位置する。戦前は上海市に隣接する江蘇省に属していたが、1958年に上海市に編入され、1992年に区となった。

3. 沿革

(1)光学精密機械研究所上海分所

 中国科学院は1964年に、レーザーとマイクロ波放射に係わる研究に関して世界トップレベルの研究を行う機関を設立することとし、電子学研究所(北京市、現在の宇宙航空情報イノベーション研究院の一部)の協力を受けて、光学精密機械研究所(吉林省長春市、現在の長春光学精密機械・物理研究所の一部)の分室として光学精密機械研究所上海分所を設置した。

(2)文化大革命での混乱

 1966年に本格化した文化大革命では、既存の体制や活動を打倒の対象としていたので、科学技術や学術・教育関係の組織運営も混迷を極めた。中国科学院も例外ではなく、この光学精密機械研究所上海分所も何度か名称や所管が変更となった。

 1966年に光学精密機械研究所上海分所は、中国科学院6516所と名称変更された。

 中国科学院6516所は、1968年5月に人民解放軍に所管替えとなり、名称が人民解放軍1505研究所となった。同年7月には、さらに名称変更となって人民解放軍南字829部隊となった。

(3)上海光学精密機械研究所へ

 文革が少し落ち着いた1970年10月、人民解放軍南字829部隊は中国科学院の傘下の研究所に戻り、名称を上海光学精密機械研究所となった。
 以降、現在までこの名称で活動を行っている。

4. 組織の概要

(1)研究分野

 上海光学精密機械研究所の主たる研究分野は、強力レーザー技術、強力な場の物理学と強力な光学、宇宙レーザー通信と周波数技術、情報光学、量子光学、レーザーと光電子デバイス、光学材料などである。

(2)研究組織

①国家級の研究室・実験室

・強磁場レーザー国家重点実験室(强场激光物理国家重点实验室) 後述する。

②中国科学院級研究室・実験室

・中国科学院量子光学重点実験室(中科院量子光学重点实验室)
・中国科学院宇宙レーザー通信及び検査技術重点実験室(中科院空间激光通信及检验技术重点实验室)
・中国科学院強力レーザー材料重点実験室(中科院强激光材料重点实验室)
・中国科学院高効率レーザー物理学重点実験室(中科院高功率激光物理重点实验室)

(3)研究所の幹部

 研究所の幹部は、中国共産党委員会(党委)書記、所長、副所長、副書記である。一般的に、中国科学院の付属研究所の場合には所長が党委書記より強い権限を有している場合が多いが、この上海光学精密機械研究所の場合には、大学などの場合と同様に党委書記の方がより強い権限を有している。

①陳衛標・党委書記

 陳衛標(陈卫标)・党委書記は、上海光学精密機械研究所のトップである。陳衛標は、1969年に生まれ、1992年に中国海洋大学で学士の学位を取得、1997年に中国海洋大学で博士の学位を取得した。その後、1998年から2年間日本の千葉大学ポスドク研究員を務め、2000年に帰国して上海光学精密機械研究所に勤務した。2009年に上海光学精密機械研究所副所長、2021年に同研究所所長兼党委副書記となり、2024年に同研究所党委書記となった。専門分野は、大気と海洋におけるレーザーを用いたリモセン技術である。

②張竜・所長兼党委副書記

 張竜(张龙)所長は上海光学精密機械研究所のナンバーツゥであり、同研究所党委副書記を兼ねている。1991年に華東理工大学で学士の学位を、2000年に上海光学精密機械研究所で博士の学位を取得し、同研究所の研究員となった。2001年から5年間ドイツのミュンスター大学でポスドク研究を行った。2015年に上海光学精密機械研究所の副所長となり、2024年から所長兼党委副書記を務めている。専門は先進レーザー材料研究である。

5. 研究所の規模

(1)職員数

 2021年現在の職員総数は1,030名で、中国科学院の中では第15位に位置する(他の研究機関との比較の詳細はこちら参照)。1,030名の内訳は、研究職員が907名(88%)、技術職員(中国語で工員)が61名(6%)、事務職員が62名(6%)である。

(2)予算

 2021年予算額は14億0,850万元で、中国科学院の中では第13位に位置する(他の研究機関との比較の詳細はこちら参照)。14億0,850万元の内訳は、政府の交付金が5億2,191万元(37%)、NSFCや研究プロジェクト資金が6億0,273万元(43%)、技術収入が7,573万元(5%)、試作品製作収入が3,502万元(2%)、その他が1億7,311万元(12%)となっている。

(3)研究生

 2021年現在の在所研究生総数は545名で、中国科学院の中では第30位以内に入っておらず、ランク外である(他の研究機関との比較の詳細はこちら参照)。545名の内訳は、修士課程の学生が249名、博士課程の学生が296名である。

6. 研究開発力

(1)国家級実験室など

 中国政府は、国内にある大学や研究所を世界レベルの研究室とする施策を講じている。この施策の中で最も重要と考えられる国家研究センターと国家重点実験室であり、中国科学院の多くの研究機関に設置されている(他の研究機関との比較の詳細はこちら参照)。上記組織の項でも述べたが、上海光学精密機械研究所は1つの国家重点実験室を有している。

強磁場レーザー国家重点実験室(强场激光物理国家重点实验室):2005年に国の認可を受け、2008年から研究を開始した。超高強度および超短レーザー光源の物理と技術、強磁場超高速レーザー物理学の実験と理論、強磁場レーザー物理学の新フロンティアと新方向の開発、関連ハイテク分野の基礎、物理フロンティア学際的分野での応用基盤研究を行っている。2021年現在で、正規研究員が85名、客員研究員が57名、研究生としてポスドク47名、博士学生213名、修士学生197名である。

(2)大型研究開発施設

 中国科学院は、同院や他の研究機関の研究者の利用に供するため大型の研究開発施設を有している。大型共用施設は、専用研究施設、共用実験施設、公益科学技術施設の3つのカテゴリーがある(中国科学院内の設置状況詳細はこちら参照)。

 上海光学精密機械研究所は、この大型共用施設・共用実験施設として「高効率レーザー物理実験装置(神光Ⅱ)」を設置・運営している。

 高効率レーザー物理実験装置(高功率激光物理实验装置、略称:神光Ⅱ)は、世界でも数少ない高エネルギー密度物理学総合実験装置である。設置場所は上海市嘉定区にある上海光学精密機械研究所内である。

上海光学精密機械研究所にある神光Ⅱの写真
上海光学精密機械研究所にある神光Ⅱ  中国科学院HPより引用

(3)NSFC面上項目獲得額

 国家自然科学基金委員会(NSFC)の一般プログラム(面上項目、general program)は、日本の科研費に近く主として基礎研究分野に配分されており、中国の研究者にとって大変有用である。上海光学精密機械研究所は、中国科学院の中では第30位以内に入っておらず、ランキング外である(他の研究機関との比較の詳細はこちら参照)。

7. 研究成果

(1)Nature Index

 科学雑誌のNatureは、自然科学系のトップランクの学術誌に掲載された論文を研究機関別にカウントしたNature Indexを公表している。Nature Index2022によれば、上海光学精密機械研究所は中国科学院内第20位以内に入っておらず、ランキング外である(他の研究機関との比較の詳細はこちら参照)。

(2)SCI論文

 上記のNature Indexはトップレベルの論文での比較であり、より多くの論文での比較も重要である。しかし、中国科学院は各研究所ごとの論文数比較を出来るだけ避け、中国科学院全体での比較を推奨している。このため、SCI論文などで研究所ごとの比較一覧はない。

 ただ、研究所によっては自らがどの程度SCI論文を作成しているかを発表している。
 上海光学精密機械研究所もその一つであり、同研究所HPによれば、毎年600件に上るSCI論文を発表している。
 なお、年間で600 件という数字を中国の主要大学のそれと比較すると、清華大学、北京大学、上海交通大学などが同じ期間で、SCI論文を約10,000件前後発表している(他の研究機関との比較の詳細はこちら参照)。したがって中国の主要大学と比較すると、それほど大きなものではない。

(3)特許出願数

 2021年の上海光学精密機械研究所の特許出願数は289件で、中国科学院内で第20位である(他の研究機関との比較の詳細はこちら参照)。

(4)成果の移転収入

 2021年の上海光学精密機械研究所の研究成果の移転収入は、中国科学院内の10位までを示した比較(こちら参照)で、ランキング外である。

(5)両院院士数

 中国の研究者にとって、中国科学院の院士あるいは中国工程院の院士となることは生涯をかけての夢となっている。2024年2月時点で上海光学精密機械研究所に所属する両院の院士は7名であり、中国科学院内で第16位である(他の研究機関との比較の詳細はこちら参照)。

○中国科学院院士(6名):干福熹、王之江、徐至展、王育竹、姜中宏、李儒新。
○中国工程院院士(1名):范滇元。

参考資料

・中国科学院統計年鑑2022 中国科学院発展企画局編
・中国科学院年鑑2022 中国科学院科学伝播局編
・中国科学院上海光学精密机械研究所HP   http://www.siom.cas.cn/