はじめに
生態環境研究センターは、北京市にある中国科学院の附属研究機関である。
生態環境の保全と持続可能な発展を戦略テーマとし、環境科学、環境工学、生態学の研究開発を行っている。
中国科学院傘下の研究機関であるが、国務院の生態環境部(生态环境部、日本の環境省に相当)の監督下にもある。

1. 名称
○中国語表記:生态环境研究中心 略称 生态环境中心
○日本語表記:生態環境研究センター
○英語表記:Research Center for Eco-Environmental Sciences 略称 RCEES
2. 所在地
本部の所在地は、北京市海淀区双清路18号である。近くには、中国の主要な大学である北京大学や清華大学が位置する。
3. 沿革
(1)環境化学研究所
1972年にスウェーデンのストックホルムで、環境問題に関する最初の国際的な政府間会合「国連人間環境会議」が開催され、「人間環境宣言」と「環境国際行動計画」が採択され、 国連環境計画(UNEP)が設立された。中国ではこの会議の成果を受けて、1973年に第1回国家環境保護会議が開催され、環境問題が重要な政策課題となった。
中国科学院は、環境科学に関する国家的な課題に取り組むため、傘下の化学研究所の一部を分離独立する形で新たな研究所の設立を準備し、1975年に環境化学研究所(环境化学研究所)を設立した。
環境化学研究所は、当初北京の郊外である懐柔区にある雁栖湖畔に設置されたが、2年後に海淀区清華東路に移転した。
(2)生態学研究センター準備組織
1980年代に入り、生態学の研究の重要性が増したとして、中国科学院内に生態学研究センター(生态学研究中心)を設置すべきとして、その準備組織が設置された。
(3)生態環境研究センター
中国科学院は生態学研究センターを独立組織とせず、環境化学研究所と生態学研究センター準備組織とを統合する形で新たな研究機関とすることを決定し、1986年に生態環境研究センター(生态环境研究中心)を設置した。
生態環境研究センターは、1988年に現在の海淀区双清路18号に移転した。
4. 組織の概要
(1)研究分野
生態環境の保全と持続可能な発展を戦略テーマとし、環境科学、環境工学、生態学の3つの分野を研究の中心としている。
(2)研究組織
①国家級の研究室・実験室
・環境化学・生態毒理学国家重点実験室(环境化学与生态毒理学国家重点实验室)
・環境水質学国家重点実験室(环境水质学国家重点实验室)
・地域・都市生態国家重点実験室(区域与城市生态国家重点实验室)
②中国科学院級研究室・実験室
・中国科学院環境生物技術重点実験室(中国科学院环境生物技术重点实验室)
・中国科学院飲用水科学・技術重点実験室(中国科学院饮用水科学与技术重点实验室)
③研究所級研究室・実験室(例示)
・大樹環境・汚染制御実験室(大气环境与污染控制实验室)
・環境ナノテク・健康影響重点実験室(环境纳米技术与健康效应重点实验室)
・水汚染制御実験室(水污染控制实验室)
・土壌環境科学・技術実験室(土壤环境科学与技术实验室)
・固体廃棄物処理・資源化実験室(固体废弃物处理与资源化实验室)
(3)研究所の幹部
生態環境研究センターの幹部は、主任、中国共産党委員会(党委)副書記、副主任である。
①朱永官・主任
朱永官・主任は、1967年に浙江省で生まれ、1989年に浙江農業大学で学士の学位を、1992年に中国科学院南京土壌研究所で修士の学位を、1998年に英国インペリアルカレッジで理学博士の学位をそれぞれ取得した。その後、インペリアルカレッジとオーストラリアのアデレード大学でポスドク研究等を行い、2002年に帰国して中国科学院生態環境センターの研究員となった。2023年に生態環境研究センター主任となった。
専門は土壌・植物・微生物の相互作用、生物起源の元素や汚染物質の循環と変換、土壌植物系における汚染の生態学的および健康への影響などである。2019年に中国科学院院士に当選している。
②占剣・党委副書記
生態環境研究センターには現在党委書記は置かれておらず、占剣(占剑)副書記がナンバーツゥで党規律委員会書記を兼ねている。ある。占剣は、1972年に江西省で生まれ、2011年に中国科学院本部の行政管理局副局長となり、2020年に本部弁公室副主任となった。
5. 規模
(1)職員数
生態環境研究センターの2021年現在の職員総数は509名で、中国科学院の中では小さい規模であり、30位までのランキングには入っていない(他の研究機関との比較の詳細はこちら参照)。509名の内訳は、研究職員が472名(92%)、技術職員(中国語で工員)が8名(2%)、事務職員が29名(6%)である。
(2)予算
生態環境研究センターの2021年の予算額は6億8,996万元で、中国科学院の中で30位までのランキングには入っていない(他の研究機関との比較の詳細はこちら参照)。6億8,996万元の内訳は、政府の交付金が2億4,897万元(36%)、NSFCや研究プロジェクト資金が2億2,033万元(32%)、技術収入が1億9,039万元(28%)、その他が3,027万元(4%)となっている。
(3)研究生
2021年現在の生態環境研究センターの研究生総数は875名で、中国科学院の中では第13位に位置する(他の研究機関との比較の詳細はこちら参照)。875名の内訳は、修士課程の学生が340名、博士課程の学生が535名である。
6. 研究開発力
(1)国家級実験室など
中国政府は、国内にある大学や研究所を世界レベルの研究室とする施策を講じている。この施策の中で最も重要と考えられる国家研究センターと国家重点実験室であり、中国科学院の多くの研究機関に設置されている(他の研究機関との比較の詳細はこちら参照)。上記組織の項でも述べたが、生態環境研究センターは3つの国家重点実験室を有している。
・環境化学・生態毒理学国家重点実験室(环境化学与生态毒理学国家重点实验室):2004年に国の認可を受け、2007年から研究を開始した。持続性有毒化学汚染物(Persistent Toxic Substances、PTS)の関連研究と環境モニタリング方法の研究を行っている。2021年現在で、正規研究員が106名、客員研究員が76名、研究生としてポスドク60名、博士学生162名、修士学生60名である。
・環境水質学国家重点実験室(环境水质学国家重点实验室):北京大学との連合実験室である「环境模拟与污染控制国家重点联合实验室」の一部分として1989年に設立された。水質汚染と飲料水の安全問題の解決をテーマとし、天然水処理プロセス、ハイテク水処理技術開発し、環境水質の保全などを研究する。2021年現在で、正規研究員が41名、客員研究員が12名、研究生としてポスドク7名、博士学生36名、修士学生16名である。
・地域・都市生態安全全国重点実験室(区域与城市生态安全全国重点实验室):地域の生態パターンの最適化と生態保護・回復における重要な技術と、都市の生態プロセスの分析・シミュレーション技術・制御方法を開発研究する。2021年現在で、正規研究員が120名、客員研究員が96名、研究生としてポスドク66名、博士学生174名、修士学生101名である。
(2)大型研究開発施設
中国科学院は、同院や他の研究機関の研究者の利用に供するため大型の研究開発施設を有している。大型共用施設は、専用研究施設、共用実験施設、公益科学技術施設の3つのカテゴリーがある(中国科学院内の設置状況詳細はこちら参照)。
生態環境研究センターは、このような大型共用施設・共用実験施設を有していない。
(3)NSFC面上項目獲得額
国家自然科学基金委員会(NSFC)の一般プログラム(面上項目、general program)は、日本の科研費に近く主として基礎研究分野に配分されており、中国の研究者にとって大変有用である。生態環境研究センターのNSFCの獲得資金額は、2021年3,065万元(件数は49件)であり、中国科学院の中では第3位に位置する(他の研究機関との比較の詳細はこちら参照)。
7. 研究成果
(1)Nature Index
科学雑誌のNatureは、自然科学系のトップランクの学術誌に掲載された論文を研究機関別にカウントしたNature Indexを公表している。Nature Index2022によれば、生態環境研究センターは中国科学院内第7位であり、論文数で貢献度を考慮したシェアで78.7となっている(他の研究機関との比較の詳細はこちら参照)。
このNature Index に関し、中国の主要大学のそれと比べると高くない。中国の主要大学のNature Indexによるランキングは、こちらを参照されたい。
(2)SCI論文
上記のNature Indexはトップレベルの論文での比較であり、より多くの論文での比較も重要である。しかし、中国科学院は各研究所ごとの論文数比較を出来るだけ避け、中国科学院全体での比較を推奨している。このため、SCI論文などで研究所ごとの比較一覧はない。
ただ、研究所によっては自らがどの程度SCI論文を作成しているかを発表している。
生態環境研究センターもその一つであり、同研究所HPによれば、2022 年に合計1,389 件のSCI論文を発表した。
なお、1年間で1,389 件という数字を中国の主要大学のそれと比較すると、清華大学、北京大学、上海交通大学などが同じ期間で、SCI論文を約10,000件前後発表している(他の研究機関との比較の詳細はこちら参照)。したがって中国の主要大学と比較すると、それほど大きなものではない。
(3)特許出願数
2021年の生態環境研究センターの特許出願数は213件で、中国科学院内で20位までのランキング外である(他の研究機関との比較の詳細はこちら参照)。
(4)成果の移転収入
2021年の生態環境研究センターの研究成果の移転収入は、中国科学院内で9位までのランキング外である(他の研究所との比較の詳細はこちら参照)。
(5)両院院士数
中国の研究者にとって、中国科学院の院士あるいは中国工程院の院士となることは生涯をかけての夢となっている。2025年4月時点で生態環境研究センターに所属する両院の院士は5名であり、中国科学院内で20位までのランキング外である(他の研究機関との比較の詳細はこちら参照)。
○中国科学院院士(3名):傅伯杰、江桂斌、朱永官
○中国工程院院士(2名):贺泓、曲久辉
8.中国科学院内の他の環境関係研究所
中国科学院内には、生態系や環境関係の研究機関が比較的多く、代表的な機関はこの生態環境研究センターと西北生態環境資源研究院である。それ以外の機関は、地方にあって比較的小さなものが多い。これらの機関の概要を簡単に紹介する。
(1)地理科学・資源研究所
地理科学・資源研究所(地理科学与资源研究所、Institute of Geographic Sciences and Natural Resources Research)は北京市内にあり、旧地理研究所(前身は1940年に設立された中国地理研究所)と旧自然資源総合考察委員会が1999年に合併して成立した。中国国内の地域開発と生態環境の保全を目的として、陸地表面プロセス、資源利用、環境改善、生態環境調査、地理情報システム研究などを行っている。
2021年現在の職員総数は672名で、予算額は8億7,494億元(中国科学院内で29位)と比較的規模の大きな機関である。2021年現在の研究生総数は982名(中国科学院内で29位)である。また、在籍の両院院士数は8名(中国科学院内で14位)である。

(2)煙台海岸帯研究所
煙台海岸帯研究所(烟帯海岸带研究所、Yantai Institute of Coastal Zone Research)は、2009年に山東省煙台市に設置された。環境と生態系の保全を目的とし、沿岸生態環境の調査保全、生態系修復、沿岸情報の統合・管理などの研究を行っている。
2021年現在の職員総数は202名で、予算額は1億2,574億元と規模の小さな機関である。2021年現在の研究生総数は189名である。

煙台海岸研究所HP http://www.yic.ac.cn/
(3)瀋陽応用生態研究所
瀋陽応用生態研究所(沈阳应用生态研究所、Institute of Applied Ecology)は遼寧省瀋陽市にあり、1954年に設置された中国科学院林業土壌研究所を前身とし、1987年に現在の名称に変更された。近代農林業の持続的発展と生態環境の保全を目的とし、森林生態科学・工学、土壌生態科学・工学、環境汚染生態科学・工学などの研究を行っている。
2021年現在の職員総数は409名で、予算額は3億1,533億元と規模の比較的小さな機関である。2021年現在の研究生総数は386名である。また、在籍の両院院士数は1名である。

(4)東北地理・農業生態研究所
東北地理・農業生態研究所(东北地理与农业生态研究所、Northeast Institute of Geography and Agroecology)は吉林省長春市にあり、2002年に旧長春地理研究所と旧黒竜江農業現代化研究所が合併して設置された機関である。農業生態学、湿地生態学、リモートセンシングと地理情報、環境、地域開発などの研究を行っている。
2021年現在の職員総数は409名で、予算額は3億1,533億元と規模の比較的小さな機関である。2021年現在の研究生総数は386名である。また、在籍の両院院士数は1名である。
東北地理・農業生態研究所HP https://neigae.cas.cn/about/fm/

(5)都市環境研究所
都市環境研究所(城市环境研究所、Institute of Urban Environment)は福建省厦門市にあり、2006年に設置された。都市生態・環境と健康、都市物質エネルギー代謝とグリーン低炭素開発技術、都市環境ガバナンスと廃棄物資源技術、都市計画と環境政策などの研究を行っている。
2021年現在の職員総数は409名で、予算額は3億1,533億元と規模の比較的小さな機関である。2021年現在の研究生総数は386名である。また、在籍の両院院士数は1名である。

(6)南京地理・湖沼研究所
南京地理・湖沼研究所(南京地理与湖泊研究所、Nanjing Institute of Geography and Limnology)は江蘇省南京市にあり、1940年に重慶に設置された中国地理研究所が母体である。その後1953年に中国地理科学院が南京市に設置され、1958年に地理科学院の大部分が北京に移転した後、南京市に残ったスタッフを基に南京地理研究所が設置された。1987年に湖沼研究を拡充し、現在の名称となった。
湖沼生態系の調査分析、湖沼環境ガバナンスなどを目的とし、湖沼堆積と環境進化、湖沼生物学と生態学、湖沼物理と水文学、湖沼環境工学、湖沼流域プロセスと規制、流域資源と生態環境、地域人文経済地理、リモートセンシングと地理情報科学の研究を行っている。
2021年現在の職員総数は409名で、予算額は3億1,533億元と規模の比較的小さな機関である。2021年現在の研究生総数は386名である。また、在籍の両院院士数は1名である。

(7)亜熱帯農業生態研究所
亜熱帯農業生態研究所(亚热带农业生态研究所、Institute of Subtropical Agriculture)は湖南省長沙市にあり、1978年に中国科学院農業現代化研究所として設置され、2003年に現在の名称となった。地域生態・農業開発、流域農業生態環境、家畜・家禽衛生育種、農畜産複合生態、作物分子生態などの研究を行っている。

亜熱帯脳号生態研究所HP https://www.isa.ac.cn/
(8)成都山地災害・環境研究所
成都山岳災害・環境研究所(成都山地灾害与环境研究所、Institute of Mountain Hazards and Environment)は四川省成都市にあり、母体は1965年に設置された中国科学院地理研究所西南地理研究室である。1978年に中国科学院成都地理研究所となり、1989年に山岳災害研究を拡充して現在の名称となった。山岳災害、山岳環境、山岳地帯の持続可能な開発を研究している。
2021年現在の職員総数は409名で、予算額は3億1,533億元と規模の比較的小さな機関である。2021年現在の研究生総数は386名である。また、在籍の両院院士数は1名である。

成都山岳災害・環境研究所HP http://www.imde.cas.cn/
(9)地球環境研究所
地球環境研究所(地球环境研究所、Institute of Earth Environment)は陝西省西安市にあり、1985年に設置された中国科学院西安黄土・第四紀地質研究室を母体とし、1999年に設置された。人間と自然の調和を目指し、黄土高原と中国大陸西部における生態環境を研究している。

地球環境研究所HP http://www.ieexa.cas.cn/
(10)新疆生態・地理研究所
新疆生態・地理研究所(新疆生态与地理研究所、Xinjiang Institute of Ecology and Geography)は新疆ウイグル自治区ウルムチ市にあり、旧新疆生物土壌砂漠研究所と旧新疆地理研究所が1998年に合併して設置された。中国大陸西部に広がる乾燥地帯を対象として、乾燥地帯の自然資源開発、生態系の回復、環境ガバナンス、生物多様性の保全、地域の持続可能な開発などを研究している。
2021年現在の職員総数は409名で、予算額は3億1,533億元と規模の比較的小さな機関である。2021年現在の研究生総数は386名である。また、在籍の両院院士数は1名である。

新疆生態・地理研究所 http://www.egi.ac.cn/
参考資料
・中国科学院統計年鑑2022 中国科学院発展企画局編
・中国科学院年鑑2022 中国科学院科学伝播局編
・生態環境研究センターHP https://rcees.cas.cn/jg/kybm/