はじめに
昆明動物研究所 (Kunming Institute of Zoology、KIZ) は、雲南省昆明市にある中国科学院の附属研究機関である。
動物多様性の調査保護、老化メカニズムと動物モデル、霊長類動物のモデルと遺伝などの研究を行っている。
科学院内の研究機関としては、規模、研究開発力、研究成果などで必ずしもトップレベルではないが、中国西南部(重慶市、四川省、雲南省、貴州省、チベット自治区)にある研究機関の代表として取り上げた。

1. 名称
○中国語表記:昆明动物研究所 略称 昆明动物所
○日本語表記:昆明動物研究所
○英語表記:Kunming Institute of Zoology 略称 KIZ
2. 所在地
昆明動物研究所の本部所在地は、雲南省昆明市である。
雲南省は、中国西南部に位置し、南部でベトナム・ラオスと国境を接し、南部から西部にかけてミャンマーと接する。北西部はチベット自治区、北部は四川省、北東部は貴州省、東部は広西チワン族自治区と接する。
雲南省は、比較的森林に恵まれ、南部の低地では亜熱帯性気候、北部の高山地帯では亜寒帯性気候と多様である。降水量は中国平均の4倍で、水力発電が盛んである。また、錫、亜鉛、鉛などの鉱物資源に恵まれている。
雲南省の人口は4,673万人(2023年)で中国では12位に位置する。イ族(10.6%)、ハニ族( 3.5%)、ペー族( 3.4%)などの少数民族が3割を超えている。雲南省のGDPは約3兆元(約4300億ドル、2023年)であり、中国では第18位である。省内に、シャングリラ(香格里拉)、シーサンバンナ(西双版納)、麗江古城など著名な観光地を有していて、観光業が盛んである。
昆明市は雲南省の省都であり、人口は約860万人(2022年)である。東、西、北の三方が山で囲まれ、南は広い滇池(てんち、琵琶湖の約半分)に面した海抜約1,900メートルの高原にあり、平均気温14.5℃と穏やかで、古くから「春城」の別名を持つ。

3. 沿革
(1)動物研究所の紫胶虫研究ステーション
昆明動物研究所の前身は、中国科学院傘下の研究所として北京に設置された動物研究所が、雲南省に設置した「紫胶虫研究ステーション(紫胶虫工作站)」である。紫胶虫とは、ラックカイガラムシ(Lac insect)であり、インドやタイなどの東南アジアに広く生息し、その分泌物は医薬、食料品、接着剤などに利用される。雲南省にも、雲南紫胶虫が広く生息しており、その生態などを調査する研究ステーションであった。

(2)昆明動物研究所設置
中国科学院は1959年に、紫胶虫研究ステーションを北京の動物研究所から分離独立させ、研究分野を拡大して昆明動物研究所(昆明动物研究所)を直轄研究所として設置した。その後1962年に、雲南省だけでなく、四川省、貴州省を管轄する研究所とし、名称を西南動物研究所(西南动物研究所)とした。
(3)文化大革命の影響
西南動物研究所は、1966年に開始された文化大革命の影響を受け、業務が中断した。
その後1970年に、中国科学院から分離されて雲南省に帰属することになり、名称は雲南省動物研究所(云南省动物研究所)となった。
(4)昆明動物研究所に戻る
文革終了後の1978年に雲南省から再び中国科学院に移され、名称はかつての昆明動物研究所に戻り、現在に至っている。
4. 組織の概要
(1)研究分野
昆明動物研究所の主要な研究テーマは、動物多様性の調査・保護、ペプチド類分子プローブと薬物、腫瘍と幹細胞、老化メカニズムと動物モデル、霊長類動物のモデルと遺伝である。
(2)研究組織
①国家級の研究室・実験室
・遺伝資源・進化国家重点実験室(遗传资源与进化国家重点实验室) 後述する。
②中国科学院級の研究室・実験室
・動物モデル・ヒト疾患機序重点実験室(动物模型与人类疾病机理重点实验室)中国科学院と雲南省の共管
・中国科学院昆明霊長類研究センター(中国科学院昆明灵长类研究中心)
・中国科学院南西生物多様性研究所(中国科学院昆明灵长类研究中心)
③雲南省級研究室・実験室
・雲南省家畜家禽分子生物学重点研究室(云南省畜禽分子生物学重点实验室)
・雲南省動物生殖生物学重点研究室(云南省动物生殖生物学重点实验室)
・雲南省五梁山西省クロテナガザル観測所(云南无量山西黑冠长臂猿监测站)
・雲南大山宝オグロヅル観測所(云南大山包黑颈鹤监测站)
(3)研究所の幹部
昆明動物研究所の幹部は、所長、中国共産党委員会(党委)書記、副書記兼党規律委書記、副所長である。大学などでは、党委書記の方が学長より強い権限を有しているが、中国科学院の付属研究所の場合には所長が最高責任者の場合が多い。
①姚永剛・所長
姚永剛(姚永刚)昆明動物研究所所長は、1975年に安徽省で生まれ、1997年に安徽師範大学生物学科で学士の学位を、2003年に中国科学院昆明動物研究所で博士の学位をそれぞれ取得した。その後渡米して、ジョンズホプキンス大学やNIHでポスドク研究を行った後、2007年に帰国して昆明動物研究所の研究員となった。2012年に副所長となり、2014年から所長を務めている。2024年からは中国科学院昆明分院院長も兼務している。専門はヒト疾患の遺伝的メカニズムとその動物モデルの研究である。
②施鵬・党委書記兼副所長
施鵬(施鹏)昆明動物研究所党委書記は、副所長も兼務しており、ナンバーツゥである。施鵬は、1973年生まれで、1996年に厦門大学生物学科で学士の学位を、2004年に昆明動物研究所で博士の学位をそれぞれ取得した。その後、米国ミシガン大学とドイツの研究所でポスドク研究を行った後、2008年に帰国して昆明動物研究所の研究員となった。2016年に副所長、2022年に党委書記となった。専門分野は、進化や機能に係わるゲノム研究である。
5. 研究所の規模
(1)職員数
昆明動物研究所の2021年現在の職員総数は385名で、中国科学院の中では小さい規模であり、30位までのランキングには入っていない(他の研究機関との比較の詳細はこちら参照)。385名の内訳は、研究職員が345名(90%)、技術職員(中国語で工員)が7名(2%)、事務職員が33名(8%)である。
(2)予算
昆明動物研究所の2021年予算額は3億9,004万元で、中国科学院の中で30位までのランキングには入っていない(他の研究機関との比較の詳細はこちら参照)。3億9,004万元の内訳は、政府の交付金が1億7,724万元(45%)、NSFCや研究プロジェクト資金が1億7,633万元(45%)、技術収入が474万元(1%)、その他が3,173万元(9%)となっている。
(3)研究生
昆明動物研究所の2021年現在の在所研究生総数は97名で中国科学院の中で30位までのランキングには入っていない(他の研究機関との比較の詳細はこちら参照)。354名の内訳は、修士課程の学生が167名、博士課程の学生が187名である。
6. 研究開発力
(1)国家級実験室など
中国政府は、国内にある大学や研究所を世界レベルの研究室とする施策を講じている。この施策の中で最も重要と考えられる国家研究センターと国家重点実験室であり、中国科学院の多くの研究機関に設置されている(他の研究機関との比較の詳細はこちら参照)。上記組織の項でも述べたが、昆明動物研究所は1つの国家重点実験室を有している。
・遺伝資源・進化国家重点実験室(遗传资源与进化国家重点实验室):2007年に国の認可を受け、2009年から研究を開始した。中国南西部と東南アジアの生物多様性に富んだ遺伝資源について、遺伝資源の多様性と保護、遺伝子とゲノムの進化、遺伝子の発達と進化という3つの研究分野を展開している。2021年現在で、正規研究員が143名、客員研究員が23名、研究生としてポスドク9名、博士学生119名、修士学生94名である。
(2)大型研究開発施設
中国科学院は、同院や他の研究機関の研究者の利用に供するため大型の研究開発施設を有している。大型共用施設は、専用研究施設、共用実験施設、公益科学技術施設の3つのカテゴリーがある(中国科学院内の設置状況詳細はこちら参照)。 昆明動物研究所は、この大型共用施設・共用実験施設として、霊長類のモデル動物表現型・遺伝研究施設(模式动物表型与遗传研究设施・灵长类设施)を設置・運営している。
同研究施設は、霊長類の表現型と遺伝学の本格的な研究のための大規模総合研究施設であり、霊長類の大規模な飼育管理や疾患モデルを作成し、表現型と遺伝学の情報を収集して解析し、疾病の治療や医療装置開発などのプラットフォームを提供するものである。
同施設では、、カニクイザルとアカゲザルが飼育されていて、多くのサルに遺伝子改変が施され、病院のように手術を行ったり、遺伝子解析を行ったり、画像診断を行ったりする部屋が設置されている。実験動物となったサルたちは、各部屋の間をベルトコンベヤーで運ばれ、体温、心拍数等の生理学的データが測定されている。
同研究施設は、国家重大科技基礎施設建設中長期計画(2012年~2030年)で取り上げられ、第12次五か年計画で建設が推進された。2022年に竣工している。

(3)NSFC面上項目獲得額
国家自然科学基金委員会(NSFC)の一般プログラム(面上項目、general program)は、日本の科研費に近く主として基礎研究分野に配分されており、中国の研究者にとって大変有用である。昆明動物研究所のNSFCの獲得資金額は、中国科学院の中で20位までのランキングには入っていない(他の研究機関との比較の詳細はこちら参照)。。
7. 研究成果
(1)Nature Index
科学雑誌のNatureは、自然科学系のトップランクの学術誌に掲載された論文を研究機関別にカウントしたNature Indexを公表している。Nature Index2022によれば、昆明動物研究所は中国科学院の中で20位までのランキングには入っていない(他の研究機関との比較の詳細はこちら参照)。
(2)SCI論文
上記のNature Indexはトップレベルの論文での比較であり、より多くの論文での比較も重要である。しかし、中国科学院は各研究所ごとの論文数比較を出来るだけ避け、中国科学院全体での比較を推奨している。このため、SCI論文などで研究所ごとの比較一覧はない。
ただ、研究所によっては自らがどの程度SCI論文を作成しているかを発表している。昆明動物研究所もその一つであり、2021 年に合計332件のSCI論文を発表している。ただ、中国の主要大学のそれと比較すると、清華大学、北京大学、上海交通大学などが1年間で、SCI論文を約10,000件前後発表している(他の研究機関との比較の詳細はこちら参照)。したがって中国の主要大学と比較すると、それほど大きなものではない。
(3)特許出願数
2021年の昆明動物研究所の特許出願数は44件で、中国科学院内で下位に位置している(他の研究機関との比較の詳細はこちら参照)。
(4)成果の移転収入
2021年の昆明動物研究所の研究成果の移転収入は、中国科学院内でランキング外である(他の研究所との比較の詳細はこちら参照)。
(5)両院院士数
中国の研究者にとって、中国科学院の院士あるいは中国工程院の院士となることは生涯をかけての夢となっている。2024年2月時点で昆明動物研究所に所属する両院の院士は2名であり、中国科学院内のランキング外である(他の研究機関との比較の詳細はこちら参照)。
○中国科学院院士(2名):张亚平、季维智
8. 特記事項
(1)西南地域における中国科学院内の研究機関
中国科学院内の研究機関を選定する際に、西南地域から1つだけ選んだのが、これまで述べてきた「昆明動物研究所」である(選定方法の詳細についてはこちら参照)。ただ中国の西南地域は広大であり、属する省・自治区・直轄市は、四川省、雲南省、貴州省、チベット自治区、重慶市の5つを数える。
中国科学院は、チベット自治区を除く西南地域の4つの省・直轄市に、昆明動物研究所を含めて次の8か所の研究機関を有している。なおチベット自治区には研究所はないが、北京にチベット高原研究所がある。
○四川省(3)
・成都山地災害・環境研究所(成都山地灾害与环境研究所)
・成都生物研究所
・光電技術研究所(光电技术研究所)
○雲南省(3)
・昆明植物研究所
・シーサンバンナ熱帯植物園(西双版纳热带植物园)
・昆明動物研究所(昆明动物研究所)
○貴州省(1)
・地球化学研究所
○重慶市(1)
・重慶グリーン・インテリジェント技術研究院(重庆绿色智能技术研究院)
ここでは、既に上記で取り上げた昆明動物研究所に加え、光電技術研究所、昆明植物研究所、地球化学研究所、重慶グリーン・インテリジェント技術研究院を簡単に紹介する。
(2)光電技術研究所
光電技術研究所(光电技术研究所、Institute of Optics and Electronics)は1970年に、光電子工学の基礎研究、応用研究、イノベーションを目的に、四川省成都に設置された。微細加工光学技術国家重点実験室、中国科学院ビーム制御重点実験室、中国科学院応用光学重点実験室、宇宙光電子技術重点実験室などを有している。
中国科学院でも比較的大きな研究機関であり、2021年の総職員数は1,258人(中国科学院で第11位、他機関との比較はこちら参照)、予算は20億4,027億元(中国科学院で第7位、他機関との比較はこちら参照)である。

(3)昆明植物研究所
昆明植物研究所(Kunming Insititute of Botany)は、1938年に雲南省昆明に設置された雲南農林植物研究所(云南农林植物研究所)を前身とし、戦後、北京の中国科学院植物研究所の昆明研究ステーション(昆明工作站)となり、1959年に中国科学院直属機関として昆明植物研究所となった。研究所初期には、タバコやゴムなどの研究を行っており、その後、ツバキ、ツツジ、ランなどを研究した。現在は、植物遺伝資源の収拾保存、データベース作成などが重要な分野となっている。
全体の職員数は、2021年で530名、予算額は3億7,881万元であり、いずれも中国科学院内ではそれほど大きなものではない。
昆明植物研究所は、中国西南野生生物遺伝資源バンク(中国西南野生生物种质资源库)を設置運営している。
同バンクの設置目的は、野生生物遺伝資源を適切かつ安全に確保し、関連情報の提供と人材育成を継続的に行い、中国のバイオテクノロジー産業とライフサイエンス研究に寄与することである。また、生物多様性の効果的な保全を実現し、持続可能な開発戦略を実施することも併せて目的としている。
同バンクは、野生植物の種子、植物の試験管材料、植物DNA、微生物株、動物の遺伝資源の五種類の資源を保存し、先進的な遺伝資源データベースと情報共有管理システム、機能遺伝子の検出、クローニング、検証を統合した技術システムを運用している。
2005年に着工し、2007年から運用を開始している。

(4)地球化学研究所
地球科学研究所(Institute Of Geochemistry)は、1966年に中国科学院傘下のいくつかの研究所を統合し、貴州省貴陽市に設置された。研究所の主な研究分野は、鉱床地球化学、環境地球化学、第四紀地球化学、天体化学、実験地球化学、有機地球化学、同位体地球化学、元素地球化学などである。全体の職員数は、2021年で名、予算額は3億7,881万元であり、いずれも中国科学院内ではそれほど大きなものではない。

(5)重慶グリーン・インテリジェント技術研究院
重慶グリーン・インテリジェント技術研究院(重庆绿色智能技术研究院、Chongqing Institute of Green and Intelligent Technology)は、中国科学院、国務院三峡弁公室、重慶人民政府の協力により、2014年に重慶市に中国科学院直属の研究機関として設置された。重慶の経済社会発展を目指し、先進製造、電子情報、環境工学の3つの分野で研究開発を行っている。全体の職員数は、2021年で名、予算額は3億7,881万元であり、いずれも中国科学院内ではそれほど大きなものではない。

参考資料
・中国科学院統計年鑑2022 中国科学院発展企画局編
・中国科学院年鑑2022 中国科学院科学伝播局編
・昆明動物研究所HP http://www.kiz.ac.cn/
・光電技術研究所HP https://www.ioe.ac.cn/
・昆明植物研究所 http://www.kib.ac.cn/
・地球化学研究所HP https://www.gyig.ac.cn/
・重慶グリーン・インテリジェント技術研究院HP http://www.cigit.cas.cn/