1. はじめに
国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)研究開発戦略センター(CRDS)では、2008年より科学技術・研究開発に関する俯瞰調査を実施し、その結果を公表してきている。最新のものとして、2023年3月、約2年間の調査結果をまとめた2023年版を公表した。
筆者は、上記のCRDSの調査結果に着目し、これに分析を加えることによりマクロ的な各国の科学技術力の評価につながらないかという試みを実施した。手法としては初歩的であるが、大くくりの分野での各国の科学技術力比較やその傾向変化を示す結果が得られていると考えている。
2. CRDSの調査について
まず、元データとなるCRDSの国際比較の調査方法について、概略を述べる。
分野:2023年を例に取ると、①環境・エネルギー分野、②システム・情報科学技術分野、③ナノテクノロジー・材料分野、④ライフサイエンス・臨床医学分野の4分野での研究開発状況を整理した俯瞰報告書を作成している。
研究開発領域数:2023年の俯瞰報告書の4つの分野における研究開発領域数は、全体で147に上っている。
技術のフェーズ:「基礎研究」:大学 ・ 国研などでの基礎研究レベル。「応用研究 ・ 開発」:技術開発(プロトタイプの開発含む)・量産技術のレベル(「応用・開発」と略している場合が多い)。この二つのフェーズに着目している。
国際科学技術力の比較:2023年の俯瞰報告書では、これらに関する各国の科学技術力を、◎:他国に比べて特に顕著な活動 ・ 成果が見えている、 ○:ある程度の顕著な活動 ・ 成果が見えている、 △:顕著な活動 ・ 成果が見えていない、 ×:特筆すべき活動・成果が見えていない、の4段階で行っている。ただし、これらは我が国の現状を基準にした評価ではなく、CRDSの調査・見解による評価である。なお、俯瞰報告書にはトレンドを示す→などが記載されているが、本コーナーではこのトレンドは使用しなかった。
国・地域:国、地域は、日本、米国、欧州、中国、韓国である。
比較の実例:参考として、2023年版における環境・エネルギー分野(一部分のみ)の国際比較の例を以下に示す。このような表が、全体で147研究開発領域ごとに示されている。
3. 各年のデータ作成方法と結果の表示法
分野全体(例えば、環境・エネルギー分野といった大くくりの分野)での評価を行うため、以下の手法を用いた。
○調査の4分野ごと、科学技術レベルごとに、◎、○、△、×を数え、それを一覧表にした。
具体例として、2023年の環境・エネルギー分野での表は、次の通りとなる。なお、過去の俯瞰報告書では科学技術レベルが3つに分かれていた例があり、その場合にはこのような表がもう一つ増えることになる。
日本 | 米国 | 欧州 | 中国 | 韓国 | |
◎ | 17 | 29 | 31 | 17 | 0 |
○ | 27 | 14 | 15 | 24 | 20 |
△ | 2 | 3 | 0 | 5 | 23 |
× | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
日本 | 米国 | 欧州 | 中国 | 韓国 | |
◎ | 15 | 26 | 32 | 21 | 5 |
○ | 24 | 17 | 14 | 20 | 15 |
△ | 7 | 3 | 0 | 5 | 24 |
× | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
○次に、分野全体の科学技術力を把握する目的で、科学技術レベルの記号数を足し合わせ、これも一覧表とした。具体例として、2023年の環境・エネルギー分野での表は、次の通りとなる。
日本 | 米国 | 欧州 | 中国 | 韓国 | |
◎ | 32 | 55 | 63 | 38 | 5 |
○ | 51 | 31 | 29 | 44 | 35 |
△ | 9 | 6 | 0 | 10 | 47 |
× | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
○この一覧表を基に、「~」と「>」を付した評価を作成した。参考として、上記のデータを基に作成した、具体例として、2021年の環境・エネルギー分野における国際競争力評価を示す。
全体 欧州~米国>中国~日本>韓国
基礎 欧州~米国>日本~中国>韓国
応用・開発 欧州>米国~中国>日本>韓国
「~」は「~」の左の国・地域は右の国・地域と同等であるか若干強いと言うことであり、「>」は「>」の左の国・地域は右の国・地域と顕著な差があると言うことである。
4. 過去の調査との比較(経年変化)
CRDSは、2008年、2009年、2011年、2013年、2015年、2017年、2019年、2021年及び今回の2023年と、これまで9回にわたり国際比較を実施している。筆者は、これら9回にわたる調査結果を数値化し、それらを用いて経年変化を表すグラフの作成を行った。
○具体的な手法を示すと、各年の調査データで、分野全体の◎、○、△、×を数え、それを一覧表に作成した。2023年の場合、これは上記3の最後の表と同一のものである。
日本 | 米国 | 欧州 | 中国 | 韓国 | |
◎ | 32 | 55 | 63 | 38 | 5 |
○ | 51 | 31 | 29 | 44 | 35 |
△ | 9 | 6 | 0 | 10 | 47 |
× | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
2023年分だけではなく、同様の手法により2008年から2021年までの8回分も作成した。
○次に全体を規格化するため、◎を1、○を0.67、△を0.33、×を0として足し合わせ、その値を研究開発領域の数で割ることにより、分野ごとに数値を求めた。それをグラフ化することで、分野ごとの各国・地域の傾向を見ることにした。
具体例を示すと、上にある2023年調査の環境・エネルギー分野のデータを使って、それぞれの国の数値を求めると、次の通りとなる。各国で全体数が違っているが、評価した日本の専門家がよく知らないとして、評価しなかった項目があるためである。
日本は、(32×1+51×0.67+9×0.33+0×0)÷92 = 0.75
米国は、(55×1+31×0.67+6×0.33+0×0)÷92 = 0.85
欧州は、(63×1+29×0.67+0×0.33+0×0)÷92 = 0.90
中国は、(38×1+44×0.67+10×0.33+0×0)÷92 = 0.77
韓国は、(5×1+35×0.67+47×0.33+0×0)÷87 = 0.51
次に調査年度による調査項目の変更や評価の偏りなどを避けるため、これらの数値のうち、一番高い数値を1.00としてノーマライズした。その結果が次の通りである。
日本 0.75÷0.90=0.84、 米国 0.85÷0.90=0.94、 欧州 1.00、 中国 0.77÷0.90=0.86、 韓国 0.51÷0.90=0.56
この様な数値データを各年で、合計8セット分求め、それをグラフにプロットした。当然のことながら、各調査年度において調査の対象となる研究開発領域の内容や数に違いがあることに留意しておく必要がある。
この各調査年度の調査対象の違いについては、参考として次項で説明する。