中国の科学技術の現状について、日本国際貿易促進協会が旬刊誌として発行している「国際貿易」の2022年12月25日・2023年1月5日合併号に投稿した記事を、一部修正の上で紹介する。

最先端を目指す中国の科学技術

 武漢で新型コロナが発生しロックダウンとなったのが2020年初頭であったが、それから現在までの3年間は、中国の科学技術の強さ、弱さ、そしてしたたかさが発揮された期間であった。

論文数で世界トップ

 まず強さであるが、中国の科学技術の圧倒的なボリュームがさらに加速した3年間であった。
 2022年8月に公表された文部科学省の科学技術・学術政策研究所の「科学技術指標2022」で見ると、2018年から2020年までの科学論文生産において、総数だけでなくトップ10%論文数、トップ1%の論文数の全てにおいて、中国は世界トップとなった。また、Nature、Scienceなど世界一流の学術誌に掲載された論文を国別にカウントしたNature Indexという指標でも、中国は米国を凌駕している。
 これを支える研究開発費であるが、米国が約71.7兆円で世界一位、中国が約59兆円で二位、日本が17.6兆円で三位である(2020年)。また研究者数を見ると、世界一位は中国で228.1万人(2020年)、二位は米国で158.6万人(2019年)、三位は日本で69.0万人(2021年)と、中国が世界を圧倒している。以上のように、中国は圧倒的な人員と増大する研究開発費をバックとして、質量ともに優れた研究を拡大しつつある。

牽引力に疑問符

 次に弱さであるが、この3年間で中国がハイテク開発やイノベーションを通じて世界を牽引する力を付けたかと問われると、疑問符が付く。
 例えば、新型コロナのワクチン開発である。湖北省武漢でのロックダウンを契機に、中国でのワクチン開発は素早かった。2020年3月から5月頃にかけて、シノファーム、シノバック、カンシノ・バイオロジクスが臨床試験を開始し、同年末から2021年初頭には当局の承認を受けた。その後、中国が積極的なワクチン外交を展開したことは記憶に新しい。しかし中国で開発されたワクチンは、従来型の不活化ワクチンが中心であり、ファイザー社やモデルナ社による最先端のmRNAワクチンではなく、有効率が低かった。
 もう一つ例を挙げると、先端半導体の国産問題がある。習近平体制は「中国製造2025」で先端半導体の完全内製化を目指したが、その後の米国などの経済安全保障政策の影響もあって、予定が大きく後退している。

躊躇なく米と交流

 次にしたたかさである。米国は、経済を中心にデカップリング政策を開始し、その範囲を科学技術に拡げてきている。とりわけ中国の軍民両用政策は米国を刺激して、千人計画糾弾や留学生ビザの厳格化につながった。習近平政権はこれに対抗しようとしているように見えるが、科学技術の関係者は科学技術の発展には国際的な視点や国際的な交流が不可欠であることを熟知している。
 したがって、トランプ政権やその後を継いだバイデン政権でのデカップリング政策下でも、米国との交流は全く躊躇する様に見えない。昨年一年間の米国への留学生の国別人数を見ると、新型コロナの影響があって絶対数は減少しているが、中国人の比率は34.6%から34.7%と、わずかながら増加しているのである。

経済の行方に懸念

 最後に、これら強さ、弱さ、したたかさを踏まえて上で、今後の中国の科学技術の行方を述べる。最大の懸念は、中国の経済発展の今後の行方である。国際的に見ると、米国との貿易戦争、ロシアのウクライナ侵攻によるヨーロッパの大幅な景気後退、世界的なエネルギー危機など、中国経済を取り巻く環境は非常に厳しい。国内的にも、生産人口の減少、不動産バブル崩壊の懸念、強権的な新型コロナ対策といった難問が、中国経済の足を引っ張る可能性がある。科学技術への影響も十分に考慮しなくてはならない。
 一方で、大きなボリュームとなった科学技術力を活かした試みにも注意すべきである。着実に進められてきた宇宙開発では、2022年末についに中国独自の宇宙ステーションの完成にこぎ着けた。また、ハイテク分野でもAI、データサイエンス、量子工学などで世界最先端を競っている。


 中国が今後、欧米の後追いではなく、独自の科学技術発展の端緒をつかめるかどうか、2023年はその正念場の年となろう。

ライフサイエンス振興財団理事長・国際科学技術アナリスト
林 幸秀