参考 中国の環境・エネルギー分野の特徴(2023年)
ここでは、どの研究開発領域で中国が世界を牽引しているか、逆にどの領域で中国が世界から後れを取っているかを述べたい。
使用したデータはJST/CRDSの2023年俯瞰報告書にある記述であり、この記述を元に林がとりまとめている。従って、以下の内容の文責は林にある。
1. 中国の優れた領域
環境・エネルギー分野で、中国が世界トップあるいはトップレベルと目される研究開発領域は、全体で10領域である。その根拠は、全ページ3.の表の中で基礎フェーズおよび応用・開発フェーズがそれぞれ◎となっている研究開発領域とした。
以下に、これら10の研究開発領域を列記し、その根拠となる内容を記す。
(1)太陽熱発電・利用
・他の国・地域との対比
欧州は◎◎、米国は◎○、日本は○○、韓国は△△であるので、中国は欧州と並び世界トップレベルにある。
・領域の定義
太陽熱発電システムとしての低コスト化、効率向上、用途開発などの動向を対象とする。
・中国が基礎研究で◎となった根拠
中国科学院が中心となって、様々な熱媒体、集光系を用いたプラントを建設するための基礎研究を実施。
・中国が応用研究・開発で◎となった根拠
トラフ型、タワー型からリニアフレルネルまで様々な集光系による太陽光発電プラントの多数建設している。海外(UAE等)でも、これまでの米国・欧州の企業に替わって、中国系企業が大型プロジェクトの建設を行うケースが増えてきている。
(2)産業熱利用~蓄熱関連
・他の国・地域との対比
欧州は◎◎、米国は◎○、日本は◎△、韓国は○△であるので、中国は欧州と並び世界トップレベルにある。
・領域の定義
熱エネルギー利用のうち、産業部門での熱の有効利用に関する科学、技術、研究開発であり、このうちでサブ領域である蓄熱技術として、蓄熱材とそれを用いた蓄熱システムを対象とする。
・中国が基礎研究で◎となった根拠
上海交通大学で吸着式ヒートポンプ、蓄熱が広範に検討されている。
・中国が応用研究・開発で◎となった根拠
Broad社等で吸着式ヒートポンプ、潜熱蓄熱装置が市販されている。
(3)地域・建物エネルギー利用
・他の国・地域との対比
欧州、日本は◎◎、米国は◎○、韓国はー△であるので、中国は欧州、日本と並び世界トップレベルにある。
・領域の定義
民生(業務・家庭)部門の省エネルギー効果を対象とする。
・中国が基礎基礎研究で◎となった根拠
2021年10月「CO2ピークアウトとカーボンニュートラルのための作業指針」「政策と行動」が策定され、2060年のカーボンニュートラルに向けた多くの質の高い研究が行われており、各種統計データの充実も図られている。
機械学習を活用した地域・建築物のエネルギー消費予測、最適制御の研究が多くおこなわれている。
・中国が応用研究・開発で◎となった根拠
2022年には「1+N」セクター別カーボンピーキングアクションプランが策定され、2023年にかけて「クリーンヒーティング」「太陽光発電都市」「ゼロカーボン都市」「NearlyZEB都市」が先行して進められている。
非常に多くの新しい実践があり、空調調機器の開発や空調制御をはじめAI活用の研究が盛んである。除湿・放射空調、PCMの蓄熱システムや建材利用に関する研究が多く、また電力負荷平準化の観点から水蓄熱、北部における空気熱源利用において暖房時の着霜による能力不全などの課題から地中熱ヒートポンプの採用事例が増えている。
(4)ネガティブ・エミッション技術~陸域
・他の国・地域との対比
欧州は◎◎、米国、日本は○△、韓国は△○であるので、中国は欧州と並び世界トップレベルにある。
・領域の定義
気候変動緩和のため、大気中の二酸化炭素(CO2)吸収・固定効果の評価に関する研究開発や技術開発を扱う領域で、陸域は植林、森林管理、バイオ炭、岩石による風化促進などが対象である。
・中国が基礎研究で◎となった根拠
植林や炭素吸収量(樹木、土壌)に関する研究が多数発表されており、質の面でも世界的に遜色がないものも多い。
中央政府による強力な政策推進に加え、海洋沿岸の省でも独自に計画を策定している。風化促進を含むCCUSや海洋におけるネガティブエミッションを推進している。
・中国が応用研究・開発で◎となった根拠
植林を精力的に推進しており、国土も広いため、世界的にも大きなアピールとなっている。
第13次5ヵ年科学技術発展計画(2016~2020年)で、CO2鉱物化(風化促進)を含む、CCUS技術を推進していた。第14次5ヵ年計画(2022年~)では、森林被覆率増加の目標も掲げている。
中国国家自然科学基金等の支援により、環境改善、炭素吸収量増加を実証する研究も実施している。
(5)反応性流体
・他の国・地域との対比
欧州、米国、日本は◎◎、韓国は△△であるので、中国は欧州、米国、日本と並んで世界トップレベルにある。
・領域の定義
反応性熱流体、いわゆる燃焼に関する科学、技術、研究開発を取り扱う。工学を構成する主要な複合的基礎技術および具体的な応用技術である。応用としてエンジン燃焼、ガスタービン燃焼、航空宇宙推進、燃焼式工業炉、微粉炭燃焼などが挙げられる。
・中国が基礎研究で◎となった根拠
燃焼への大型予算が措置され、燃焼を主題目としたState Key Laboratory 認定が多数。これらのラボから欧米主要研究拠点に多数
の人材を派遣。一部は定住、その他は欧米から帰国し中国から顕著な業績を創出、部分的には世界をけん引。在外研究の経験者が減る一方の日本と対照的。
National Science Foundation of China、Fundamental Research Funds for the Central Universitiesなどの予算を元に、特にトップレベルの大学における研究の水準は高く、論文数も多い。国際的な共同研究の動きも活発。
潤沢な研究資金を背景に、微粉炭燃焼では世界の論文発表件数の半分以上を中国が占め、質が高い。
・中国が応用研究・開発で◎となった根拠
日米欧の自動車メーカーとの合弁会社から技術移転がなされ、レベルは確実に向上。
中国製造2025(2016〜2049年):重要な10大産業が挙げられそれぞれ高い目標を設置。その一つに「省エネルギー・新エネルギー自動車」産業があり、EV化を中心に電動化+内燃機関でエネルギー消費量と排出ガス低減に取り組む。
毎年自動車用エンジンの展示会Engine Chinaを実施。
超臨界のボイラ等も自国メーカーで建設できるようになり、発展が著しい。
(6)破壊力学
・他の国・地域との対比
欧州、米国は◎◎、日本、韓国は○△であるので、中国は欧州、米国と並んで世界トップレベルにある。
・領域の定義
材料システムに発生したき裂が進展して破壊に至るまでの過程を取り扱い、機械・構造物についての設計・保守・管理に関する理論と手法に関する研究開発動向を含む領域である。
・中国が基礎研究で◎となった根拠
ディープラーニングを活用してアクティブ赤外線サーモグラフィ画像から非平面CFRPの欠陥を検出する方法や32)、CTデータから積層造形材料内部の欠陥を検出する手法について検討している。中国では、National Natural Science Foundation, National Key Research and Development Program, National Science and Technology Major Projectなどのファンドで実施されている。
脆性材料の破壊強度を深層学習で予測する研究が清華大学で行われている。疲労き裂進展寿命の予測する研究が北京大学、北京航空航天大学、西南交通大学で行われている。
Li–ionバッテリーの破壊、マルチフィジックス解析に関する研究が、北京科学技術大学、北京航空航天大学、上海交通大学で行われている。
Inconel718耐熱合金のAM法による製造と強度の異方性について研究が清華大学で行われている。 Al合金に関しては北京航空航天大学。 Ti合金に関してはAECC、Beijing Institute of Aeronautical Materialsで行われている。
リアルタイムかつその場で疲労き裂長さを測定する手法が北京航空航天大学で開発されている。
・中国が応用研究・開発で◎となった根拠
積層造形したニッケル基超合金の異方性損傷について検討している。
次世代ダイアタッチ材料の候補である多層カーボンナノチューブを添加した焼結銀のせん断破壊靭性値について報告している。
疲労データが磁気浮上車両の開発に使われている。
上海交通大学の国家重点実験室にて、企業で製造した海洋構造物における疲労き裂進展について機械学習から予測する手法の開発が行われている。
(7)社会ー生態システムの評価・予測
・他の国・地域との対比
欧州、米国は◎◎、日本は○○、韓国は△△であるので、中国は欧州、米国と並び世界トップレベルにある。
・領域の定義
生物多様性や生態系から構成される「自然資本」がもたらす「生態系サービス」の持続的な利用を目的とした、人間社会と生態系が相互に関連する「社会―生態システム(social–ecological system)」の評価・予測に係る研究開発領域である。
・中国が基礎研究で◎となった根拠
生態系サービスの現状評価や地図化、生態系管理の効果に関する研究など、国際的に顕著な研究成果を近年急速に増やしつつある。例
えば、自然資本と生態系サービスを組み込んだ経済の尺度としてGEP(Gross Ecosystem Product:生態系総生産)を提案し、GDPを補完する指標として、青海省での評価に適用している。
生態系サービスや自然資本に関係する研究は、近年急速に拡大しつつあり、世界のトップグループに入っている。
中国科学院生態環境研究センターには、都市と地域生態国家重点実験室が設けられ、社会-生態システムの研究が行われている。
・中国が応用研究・開発で◎となった根拠
環境と経済の発展を調和させる生態文明(Ecological Civilization)の概念を中国共産党中央委員会が2015年に提示し、生態系保全や再生の取り組みを進めている。
第14次5カ年計画(2021–2025)において「生態系の質と安定性の向上」が掲げられ、自然に基づく解決策の実施が重要政策領域として設定されている。
世界最大のPESである「Sloping Land Conversion Program」を1999年から進めており、広大な面積で森林再生、浸食防止、炭素貯蔵などを進めている。
重要な生態系サービスを保全するために、Ecosystem Function Conservation Areasを指定している。
生態と環境に関する年次報告書が、生態環境部(省)から公表されている。
森林保全、土壌保全、砂漠化防止などの取り組みが大規模に中国全体で実施されてきた。その効果は全体的にはポジティブであるものの、課題も残っていると分析されている。
(8)持続可能な大気環境
・他の国・地域との対比
欧州、日本は◎○、韓国は○◎、米国は○○であるので、中国は世界トップにある。
・領域の定義
人間の健康や生態系への影響など豊かな生活にかかわる大気環境の研究開発を扱う。人為活動に由来する産業や燃焼に加えて、自然由来も含めて大気汚染物質の観測技術、大気汚染物質の発生源や発生過程、輸送過程の解明に関する研究開発や、除去・浄化技術などを対象とする。
・中国が基礎研究で◎となった根拠
内燃機関の研究も実施されているが、他の主要国に比べ研究水準は低いと考えられる。一方、車両の電動化に必須なバッテリーの多くを中国の企業が提供しており、研究においても世界の先端にあると考えられる。
対流圏オゾンは中国でも重要な大気汚染問題として最近注目されており、日本と同様前駆物質の濃度は低下しているのにオゾンの濃度が下がらないことが問題となっている。
東アジア地域のコホート調査が進められており、PMの長期暴露の健康影響などの研究が進められている。
二次有機粒子は大気中のPM2.5に占める割合も大きいが、その生成プロセスは不明な点が数多く残されている。 各国で生成機構、生成プロセスの解明について精力的な研究が進められている。
・中国が応用研究・開発で◎となった根拠
中国では、大気環境改善とGHGs削減の両立を目指して、国を挙げて自動車の電動化が進められており、多くの電動車両メーカーが存在する。一部のメーカーは、欧州等でも高い評価を得ており、技術の向上は目覚ましい。
中国は、世界における自動車用リチウムイオンバッテリーの70%を生産しており、生産技術では世界のリーダー的立場にある。
光化学オキシダントについて、多くの研究が開始されている。
PMの健康影響は最大の関心事でもあり、他の先進各国に比較して高めの環境基準の達成も現状では難しいため、多くの研究開発が試みられている。
シミュレーションモデルへの組み込みによる大気中の有機エアロゾルの生成プロセスの解明に取り組んでいる。
(9)持続可能な土壌環境
・他の国・地域との対比
欧州、米国、日本は◎◎、韓国は○△であるので、中国は欧州、米国、日本と並び世界トップレベルにある。
・領域の定義
土壌・地下水の汚染物質等に焦点をあて、その把握と拡散防止、除去・浄化に関する研究開発を扱う領域である。土壌・地下水環境における公害原因物質や、人間や生態系への負の影響が懸念される物質等を扱う。
・中国が基礎研究で◎となった根拠
環境に対する関心が高まりから、環境への投資も年々増加している。特に改正環境保護法の施行(2015年1月)や土壌汚染防治法の施行(2019年1月)に伴い、土壌・地下水汚染に係る基礎研究の予算が増大し、中国科学院傘下の研究所や各地の大学で認定された「国家重点実験室」研究が盛んに進められている。
土壌汚染に関する基礎研究では、農用地などを対象として、生物の浄化作用についての研究が多く実施されている。工業用地を対象とした研究では、汚染源の遮断やリスクマネジメントなど、海外の最新の動向を踏まえた対策の導入が検討されている。特に工業用地の浄化に関しては、海外から優秀なエンジニアを招聘する事例も増えている。
地下水汚染に関する基礎研究では、放射性同位元素トレーサーによる汚染源特定の研究に関心が集まっており、国際会議や論文の発表件数が増えている。
・中国が応用研究・開発で◎となった根拠
中国は土地が100%国有であるため、現場または原位置実証研究を行いやすい利点がある。
中国国内で開発技術した技術のほか、欧米などで開発された技術の検証やクロスチェックが複数の大型プロジェクトで行われている。
土十条と呼ばれる土壌汚染防止行動計画(2016年5月)や土壌汚染防治法の試行(2019年1月)に伴い、浄化技術やリスク低減措置、サステナブル・レメディエーション等の応用研究・開発が飛躍的に進展している。
(10)リサイクル~プラスティック
・他の国・地域との対比
米国、欧州は◎◎、日本は○○、韓国は△△であるので、中国は米国、欧州と並び世界トップレベルにある。
・領域の定義
リサイクルを中心に資源循環の技術を扱う。化学品の最大の用途であるプラスチックにおいては、高収率で原燃料回収が可能で発生したガスや残渣も活用できる手法を含むケミカルリサイクル(フィードストックリサイクル)に焦点を当てながら、プラスチックリサイクルの技術開発動向などを扱う。
・中国が基礎研究で◎となった根拠
2000年代後半からプラスチックリサイクルに関する基礎研究が増えてきており、2008年頃から研究文献数が急増している。近年WEEEや自動車リサイクルに関連したプラスチックリサイクルの基礎研究も見られる。
・中国が応用研究・開発で◎となった根拠
「循環経済政策」に伴い産業区などで大規模なリサイクルインフラ整備が行われている一方で、国内からの循環資源としての廃プラ確保が課題である。また近年では選別機器の開発が活発になってきており、特許件数が極めて多い。
2. 中国の後れている領域
システム・情報科学技術分野で、中国が他国や領域に後れている研究開発領域は、全体で2領域である。その根拠は、全ページ3.の表の中で基礎フェーズおよび応用・開発フェーズがそれぞれ△となっている研究開発領域とした。
以下に、これら2の研究開発領域を列記し、その根拠となる内容を記す。
(1)バイオマス発電・利用~バイオマス全般
・他の国・地域との対比
日本、欧州は◎○、米国は○○、日本は○△、韓国は△○であるので、中国は主要国で最も後れたレベルにある。
・領域の定義
バイオマスのエネルギー利用や化学品などの物質利用に関わる領域である。
・中国が基礎研究で△となった根拠
第2、第3世代バイオ燃料の製造研究と実証・実用化が継続して行われている。
・中国が応用研究・開発で△となった根拠
食料と競合しない第2世代バイオ燃料やバイオケミカル等の製造技術の開発が継続して行われている。
(2)気候変動予測
・他の国・地域との対比
米国、欧州は◎◎、日本は◎○、韓国は△△であるので、中国は韓国と並び後れたレベルにある。
・領域の定義
気候変動研究のうち予測に関する研究開発動向を含む領域である。
・中国が基礎研究で△となった根拠
現在、大気物理研究所、第一海洋研究所など中国内で少なくとも8つの研究グループがGCMあるいはESM開発に取り組み、CMIP6にも参画している。現状は主に海外から輸入したモデルを改良・調整して用いているが、潤沢な予算を背景に欧米から中国人科学者を呼び戻して基盤を作りつつあり、近い将来にはオリジナルモデルが増えてくる可能性もある。
IPCC WGIの共同議長を出すなど、国家的に気候科学分野のテコ入れを図っており、今後顕著な発展を見せると予想される。
・中国が応用研究・開発で△となった根拠
ESMによる成果を活用して緩和策立案に資するという動きには乏しいが、上述の国家的支援の効果が予測データの応用面にも及んでくる可能性は高い。「国家適応気候変動戦略2035」も2021年に策定している。